芥川龍之介について 『枯野抄』のあらすじ、感想、解説。

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松尾芭蕉の死を前にして、弟子は本当は何を思うのだろう?

『枯野抄』は『羅生門』など数々の名作を書き上げてきた芥川龍之介が作者の小説です。1918年、大正7年に「新小説」誌上にて発表されました。なお、「新小説」は明治22年春陽堂より創刊された文芸雑誌で、明治29年に再刊されたのち、昭和2年に終刊しています。

タイトルである『枯野抄』という漢字の読み方は、『かれのしょう』ですね。枯野の抄です。さて、枯野という言葉・語句の意味はもしかしたら芭蕉の辞世の句として知られている、 旅に病むで夢は枯野をかけめぐる の”枯野”です。しかし、これは辞世の句、すなわち人生最期の別れ際に詠まれた句ではなく、病中句、つまりは病床に臥せった芭蕉が詠んだ俳句であり、最後のつもりで詠まれた句ではありません。ですから、この句を詠んでから実際亡くなるまでの間、芭蕉は声もほとんど発せずに死の間際にいた時間があるのですね。

そして、「抄」は「抄く」ということで、抄いたもの、すなわち紙、書物、本のことです。『春琴抄』の「抄」ですね。よって、『枯野抄』とは、「旅に病むで夢は枯野をかけめぐる」という句を詠んでから実際に51歳の芭蕉がなくなるまでの物語で、その芭蕉の周りで末期の水を取っていくその弟子たちの心の中で起こる様々な事象を書き著した小説なのです。

高校の現代文や国語の教科書によく取り上げられる作品で、授業で読んだことがある方もいらっしゃるかもしれません。また、定期テストの問題にもよく使われるみたいですね。古めかしい文章で、実際現代とだいぶ違う時代の話である上に心情が裏と表を両方描いていくので一見分かりにくいですが、丁寧かつ明確に書かれてますのでしっかり読み解きましょう。

では、まず『枯野抄』の概要・要約・あらすじを簡単にまとめてみたいと思います。

『枯野抄』のあらすじ

舞台は大阪三堂前南久太郎町、花屋仁左衛門の裏座敷。息たえんとする松尾芭蕉のそばには医師の木節がおり、その後ろに老僕の治郎兵衛がおります。

そしてそのそばに芭蕉の弟子がいっぱいおるわけですね。木節のそばで大きくふとった晋子其角が去来と隣だって芭蕉を見守っています。さらにその其角の後ろには法師のような姿をした丈艸、その隣に悲しみに耐える乙州がいます。

それらと向かい側、木節の対面に背の低いお坊さんである惟然坊(ゆいねんぼうでなく、ゐねんぼう)と厳つめの支考が座っています。で、あと何人かの弟子がおりましたが、あと正秀という男が座敷の隅で畳に突っ伏して泣いていました。

とにかく登場人物のお弟子さんたちが多い上に名前も普通の名前でなくおそらく俳号であるためわかりにくいですが、そういう人物配置になっております。

そして、木節が芭蕉ののどを乾かさんと、治郎兵衛に末期の水を遣るよう指示しておりましたが、ふと隣の其角を見やります。医者がふいに見るものだから場に緊張が走ります。そうして、其角からまず末期の水をはじめます。

其角は師の死を前にすると、心が澄んでいる、どころか皮と骨だけになっている師を見ると、嫌悪感がどうも湧いてくる。それが醜さから来るものか死に対する感情から来るものかがわからないが、どうにもまともに死が見られない。

さて次は去来です。彼の胸には満足と悔恨が一緒くたに浮かんでいる。自分は師匠が危篤と聞いてすぐ飛んできて、毎日世話をしている。だから満足している。ところが、向かいの支考が何故だかわからないがこぼれた苦笑を見た途端に、自分は頑張ってる自分に満足しているのでは? と思えてきた。そうすると、弱弱しい彼の心に乱れが生じて、涙がこぼれかけた。それは、傍から見れば、師匠の悲しみに涙を流したと思えただろうが。

続いて丈艸の番……というところで端で泣いてた正秀が尋常でない、まるで大笑いしているかのような泣き方をはじめました。その自制心のなさに乙州などは呆れますがしかし彼もその慟哭につられて涙がこみあげてきて、堰を切ったかのようにあちこちですすり泣きが聞かれるようになります。そんな中、丈艸は静々とその中、水を師の唇にやりました。

今度は支考です。支考はいつものように人を小馬鹿にしたような様子で唇に水を塗りながら、とある感慨を抱いていました。皆師匠の死を目前にして、何やらどうも単なる悲しみとは違う感情がうごめいているだろう。芭蕉は旅人でしたから、どうせ土の上で死ぬものだと思っていましたが、裏座敷と言え布団の上で最期を迎えんとしている。それは大層幸せなことのようですが、その実、最初の水を遣った者はまだマシでほとんどはこの先自分はどうなるんだとかウチの一門はどうなるんだとかそういう関係ないことばっかり考えてるだろう。しかし、表向きは悲しい顔をしている。結局布団の上とは言え、実際芭蕉は枯野の真っただ中にいるようなものではないか。しかし、それを非難したところで、しょせん人間はそういうものなのだ。そういう厭世的な感情を彼は抱いていたのです。

惟然坊の番に回る頃には、顔色も悪くなり、芭蕉の死はかなり近づいていました。死を目前にすると、次に死ぬのは自分なのではないか? そういうことを思って、恐ろしくなってきたのです。そういう感情を彼は抱きがちでしたが、それまでは自分が死ぬのではないから安心する心地が彼に平穏をもらたらしていましたが、この死を目前にすると恐ろしさの方が上回ってきたのです。

やがて、ついに芭蕉があの世へと旅立ちます。さて、その時になると、悲しみが迫るかと思ったら、丈艸の心の中には、限りない安らかな心持が流れ込んでくるのです。窮屈にしていた精神が限りない精神の解放の喜びを得始めたのです。この己を欺くような心地に身を任せつつ、恭しく臨終の芭蕉に礼拝をしたのでした。

『枯野抄』の感想、解説

本当に死を前にした際の「芝居めいた予測」を越えた人間の感情が本作には描かれていますね。何だかあまりに残酷ですね。本作の主題・ポイントは最後丈艸が抱いた「安心に似た心持ち」でしょうか。彼を主人公と捉えていいと思いますが、序盤に割と何事もなく末期の水を遣った彼が最後死を迎えた際に妙に心が快活になる。芭蕉が恐ろしい存在であったかどうかわかりませんが、師がいなくなるというものは「安心に似た心持ち」を誰しも感じるものなのかもしれませんし……師匠の死が安らかな者であったことに安心を覚えているの、かもしれません。「己を欺くの愚」と丈艸自身言ってますからどうもそうは読めませんが。自責に似た一種の心持ちと書いてますし。

さて、本作を深く正しく理解するには、この弟子たちのモデル自身が芥川であることを知っておいた方がよいでしょう。そもそも『枯野抄』という小説は、芭蕉の死という状況を借りた作品で、実際に描いたのは、芥川自身の痛切な先生の死の間際に感じた事象を書いたものなのです。芥川龍之介の先生は、他ならぬ夏目漱石ですね。なので、ここで巻き起こる様々な心の移り変わりというのは漱石が亡くなるときに弟子たち、何より芥川自身が感じたことを書いたもので、本作のモデルとは芥川自身を含めた夏目門下生なんですね。おそらく丈艸の人物像が芥川自身ではないかと。

ちなみに、『枯野抄』も芥川お得意の古典をベースにした作品であり、本文冒頭にも明記されていますがこの小説は『花屋日記』として書かれており、この『花屋日記』というのは実際にある書物なのですね。森鴎外の『高瀬舟』と同じように、事実に心情を載せることで小説として成立させてるわけです。まあ、この『花屋日記』はかなり心情もしっかり書かれたもののようで、かの正岡子規は『花屋日記』を読んで涙したとか。

さて、ともあれ、人の死などの大きな問題に直しているのに表から見えるものとは違う感情を抱いている、ということはもしかしたら多々あることかもしれませんね。そういったところをポイントにしながら読書感想文とか書くといいんじゃないでしょうか。

本作は青空文庫でも読めますし、amazonでも購入可能です。電子書籍とかもありますよ。

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