https://www.sakigake.jp/special/2020/haiku/article_01.jsp 【「切字(きれじ)」を上手に使おう】より
かったるさを表現
居残りの窓の向こうは夕時雨
齊藤徹生さん(秋田中央高3年)作。放課後の教室、勉強に飽きて窓の外を見ると夕時雨。これをさらにふくらみのある句にするため、切字の「や」を使い、
居残りや窓の向こうは夕時雨
としてはどうでしょうか。かったるい気分が出ると思います。
読者の視線を誘う
鹿の子跳ね川石濡らすひづめ跡
雄勝高校を今春卒業した篠木諒太さん(横手市、会社員18歳)作。子鹿が川の石を跳んで渡った「跡」を詠みました。今眼前を跳び渡っている姿を想像して、
川石を濡らすひづめや鹿の子跳ぶ
としてはどうでしょうか。読者の視線は「ひづめ」に集中します。
スピード感を出す
はまなすやカーテン開ける旅の朝
堀川南さん(秋田北高3年)作。宿に泊まって目が覚めた。サッとカーテンを開くと目の前にハマナス。さっきの二句と逆に、あえて「や」を使わない書き方を試みます。
はまなすにカーテン開けて旅の朝
としてはどうでしょうか。カーテンとハマナスが近くなります。また、スピードのある語り口になると思います。
切字の「や」は<古池や蛙飛こむ水のおと>の「や」です。「や」があると一句の中に小休止が出来ますので、句がゆったりと仕上がります。「や」の前の言葉(さきほどの「居残り」「ひづめ」)を強調する効果もあります。その一方「や」を使うと句が古めかしく見えることもあります。「はまなす」の例のように、あえて「や」を使わない選択肢もあります。「や」を使う形と使わない形を書き並べ、見比べるとよいでしょう。
句案を見比べる
河童忌に鼻のにきびをつぶしけり
外舘翔海さん(秋田北高3年)作。河童(かっぱ)忌は芥川龍之介の忌日。芥川の『鼻』は異常な鼻に悩む高僧を戯画(ぎが)化した作です。そのことを思いながら自分の鼻のニキビを潰(つぶ)したのです。
河童忌の鼻のにきびをつぶしけり
とすると「河童忌」と「鼻」の関係が近くなります。そうすると作者の意図が見え過ぎるので、あえてさりげなく「河童忌に」としたのかもしれません。「や」を使って「河童忌や鼻のにきびをつぶしたる」と書くこともできます。
どの形が自分の気持にしっくり来るか。自分が自分の句の読者になったつもりで複数の句案を見比べることが肝心です(言うは易く、行うは難しですが)。
https://www.sakigake.jp/special/2020/haiku/article_02.jsp 【響きと余韻を楽しもう】より
響きを良くする
オリオンの吹雪を透かす三連星
櫻庭小夏さん(大館鳳鳴高3年)の作。吹雪の上の夜空にオリオンの三つ星が見えた。力強い作品です。これをさらに響きの良い句にするため、切字の「や」を使い、
オリオンや吹雪を透かす三連星
としてはどうでしょうか。「オリオンや」とすると、オリオンの全体像が一度目に浮かびます。さらにそこから三つ星にズームインしてゆく感じです。なお、オリオンと吹雪はともに冬の季語ですが、どちらもこの句にとって必要な言葉です。「季重なり」の問題は生じません。
流れを断ち切る
星飛びて雨に降られたままでいる
千葉優翔さん(秋田大1年)の作。「星飛ぶ」は流れ星。秋の季語です。雨が上がって流れ星が飛んだ。雨に降られて濡れた状態でしばらく夜空を見つめている。叙情的な作品です。「星飛びて」に続いて「雨に降られたままでいる」という叙述の流れがあるわけですが、その流れを断ち切ってみましょう。切字の「や」を使って、
星飛ぶや雨に降られたままでいる
としてはどうでしょうか。「星飛ぶや」とすると「や」の後に時間と空間の余韻がたっぷり生まれます。そのあとに、おもむろに「雨に降られたままでいる」と続きます。
表現を再構成する
つぎに言葉の背景にある情景や作者の意図を考えながら、表現を再構成する、ややハイレベル?な添削を試みます。
祖母の手の細さを知りて目貼剥ぐ
岡田水澪さん(潟上市、会社員22歳)の作。祖母が目貼を剥ぐのであれば「祖母の手のその細きこと目貼剥ぐ」とする案が考えられます。しかし「知りて」とあるので、高齢の祖母の手が細くなったのを知って、孫である作者が祖母に代わって目貼を剥ぐのだと解釈しました。「知りて」を直してみたいと思います。私の添削案は、
細き手の祖母が見てをり目貼剥ぐ
です。目貼を剥いでくれる孫の姿を祖母が見守っている場面を想像しました。作者の意図と合っているかどうか、少し心配です。
短い文に切って考える
眠すぎてミルクに溺れる子猫かな
浦島奈々さん(能代西高3年)の作。子猫が春の季語。眠そうな子猫が皿のミルクに突っ伏している。あるいはミルクに噎(む)せている。子猫の可愛らしい姿を捉えた作です。添削のポイントがいくつかあります。「眠すぎて」の「すぎて」は不要です。「溺れる」はじっさいに溺れるわけでなく、溺れそうだという意味ですね。「ミルクに溺れる」が八音で字余りです。やりくりが難しいときは短い文に切ってみましょう。一つは子猫が眠いということ。もう一つは、ミルクに溺れそうだということ。それをつなぐと「猫の子は眠しミルクに溺れんと」となります。さらに句の仕上がりを元の句に近く、柔らかくしましょう。添削の最終案は、
眠そうな子猫ミルクに溺れそう
です。旧かな表記では「眠さうな子猫ミルクに溺れさう」です。私の添削案が作者のお気に召すとよいのですが…。
https://www.sakigake.jp/special/2020/haiku/article_06.jsp 【一字の違いで大違い】より
置き換え可能な「の」と「に」
アネモネの花やスマートフォンの罅
鷹島由季さん(東北学院大3年)の作。アネモネと、スマホの罅(ひび)に対する気持ちのひっかかりを取り合わせました。スマホと略さず、スマートフォンという言葉をうまく使いました。カタカナの多い字面もこの句の個性です。下五の「の」を「に」に変えて
アネモネの花やスマートフォンに罅
とするとどうでしょうか。「の」だと、句を作る時点で罅のことをすでに知っていたように読めます。「に」だと、「あれ、スマホに罅が出来てる」と、そのとき気づいたように読めます。「の」と「に」は置き換え可能なことが多く、どちらが自分の言いたいことに近いか、推敲のときに検討するとよいと思います。
「印象」と「実体」
鳥太りけり流氷のまぶしさに
鈴木総史(そうし)さん(北海道旭川市、会社員23歳)の作。寒冷な環境に生きる鳥の生命力。「太りけり」が健康的な感じです。句末の「に」から句頭の「鳥太りけり」に言葉の流れが還(かえ)っていくようで、句形も良い感じです。
5月4日付本連載第3回で、「花」の美しさという様なものはない(小林秀雄)という言葉を引用しました。この点から「まぶしさ」を検討してみましょう。代案としては
鳥太りけり流氷のまぶしきに
が考えられます。「まぶしさ」は印象です。「流氷のまぶしき」は「まぶしき流氷」とほぼ同じ意味になります。流氷というモノの実体感のある「まぶしき」のほうが私の好みですが、感覚的な句なので「まぶしさ」も良いと思います。
ジャズ調で遊ぶ
I can’t fly! クラスに春の風
進藤凜華(りんか)さん(仙台市、会社員20歳)の作。学校のクラスに春風が吹き込んできた。でも私は飛ぶことができない、という意味に解しました。句の中に「I can’t fly!」をうまくおさめました。面白い作品です。下五は「春の風」で安定しています。たぶんこれが「正解」でしょう。ここで、あえて危なっかしい代案を考えます。
I can’t fly! クラスに春風が
としてはどうでしょうか。句形が不安定ですが、気持ちの揺らぎが表現できます。
ヒントになったのは「噴火口近くて霧が霧雨が 藤後左右」の「霧雨が」です。阿蘇山を詠んだこの句は、1930(昭和5)年の発表当時「ジャズ調」と呼ばれて評判になりました。進藤さんの作も「I can’t fly!」がとても面白いので、下五は「春風が」と遊んでみてはどうでしょうか。
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