2014年10月8日 19:00 ·
月蝕で消えゆく満月
2014年10月8日 19:30 ·
あかがねの月の蝕とぞなりにける
皆既月食
2014年10月8日 20:30 ·
月食の岩戸を開く光かな 高資
弓手より盈つむらさきの月の蝕 高資
https://global.canon/ja/technology/kids/mystery/m_01_10.html
【日蝕・月蝕の不思議 光の正体】 より
日食ってなんだろう?
晴れた日の昼間に輝く太陽は、丸い形をしています。しかし数年に一度、丸いはずの太陽が晴れた日の昼間でも見えなくなったり、部分的に欠けて見えることがあります。これは「日食(にっしょく)」という非常にめずらしい現象なのです。
日食には太陽全体が見えなくなる「皆既日食(かいきにっしょく)」、太陽が輪っかのように見える「金環日食(きんかんにっしょく)」、太陽の一部が欠けて見える「部分日食」があります。
それでは、日食はどうして起こるのでしょうか?
それは、地球や月の動きが関係しています。
注意! 太陽を直接見てはいけません!
太陽は、強い光と熱を出しています。正しい方法で観察しないと目を痛めたり、最悪の場合失明する危険があります。日食を観察するときは、専門家の指導のもとに作成された日食グラスなど日食鑑賞用の製品を使用するか、鏡を使って太陽を壁に映して観察するなどして下さい。
地球と月の動きを見てみよう!
地球や月などの天体が他の天体のまわりを回ることを公転(こうてん)といいます。地球は太陽のまわりを公転していて、北極を上にして宇宙から地球を見ると、太陽のまわりを反時計回りに一年かけて一周しています。
また、月も地球のまわりを公転しています。月は地球のまわりを反時計回りに約27日間で一周しています。
日食というめずらしい現象は、地球と月の公転運動のタイミングがうまく合ったときに起こる現象です。
日食はなぜ起こる?
日食が起こる仕組み
地球と月の公転によって、毎日、太陽・地球・月の位置関係は変化しています。日食は、太陽と地球の間に月が入り、太陽・月・地球の順番に一直線に並んだときに起こります。このとき、地球上の限られた場所で太陽の一部またはすべてが月によって隠され、月の影になった地球の一部分では太陽の光が届かなくなります。
月によって太陽の一部が隠されることを部分日食、太陽がすべて隠されて見えなくなることを皆既日食といいます。
また、月が太陽を隠しきれず、太陽が輪のように見えることがあります。これが金環日食です。
月や太陽の大きさ自体は変わらないのに皆既日食と金環日食があるのはどうしてでしょうか?
その秘密は、月の公転軌道(公転する道すじ)にあります。
実は、地球から見た月の見かけの大きさが、太陽よりも大きくなったり、太陽よりも小さくなったりしているのです。
どうして地球から見た月の大きさが変化するの?
月が地球のまわりを回る公転軌道や地球が太陽のまわりを回る公転軌道は、完全な円ではありません。それぞれ細長い楕円形(だえんけい)になっています。そのため、地球から月や太陽までの距離はいつも変化しています。
例えば月の場合、地球に一番近づいたときは約35万km、遠いときは約40万kmと5万kmほどの差があり、地球から見たときの見かけ上の直径は約10%も違います。
そのため、月が地球に近い位置にあるときに日食が起こると月が大きく見えるので、太陽が完全に隠れる「皆既日食」になり、逆に月が遠くにあると月は小さく見えるので、月のまわりから太陽がはみだして見える「金環日食」になるのです。
月の大きさの違いは、デジタルカメラで同じ条件のもとで地球に近い月と遠い月を撮影して比べてみるとよくわかります。
日食がめずらしいのはなぜ?
地球の公転軌道に対して月の公転軌道は約5°傾いているため、宇宙から北極側を見て一直線上に並ぶ位置に月がきても、横から見て一直線上に並んでいなければ日食にはなりません。
地球は太陽のまわりを一年に一回公転し、月は地球のまわりを約27日で一回公転するわけですから、太陽・月・地球が一直線に並ぶことによって起こる日食は一年に何度も見ることができそうに思えます。
しかし、実際には皆既日食や金環日食は十年から数十年に一度、部分日食ですら数年に一度しか見ることができません。なぜでしょうか?
それは地球の公転軌道と月の公転軌道が約5°傾いているため、太陽・月・地球が一直線上に並ぶことはめったにないからです。
太陽・月・地球が一直線に並んだ場合でも、月の直径は地球の約4分の1しかなく、月が落とす影は地球よりもずっと小さいので、日食は地球上の限られた場所でしか見ることができないのです。だから日食は非常にめずらしい現象として、見ることができる場所では大きな話題となるのかもしれません。
月食ってなんだろう?
太陽・地球・月が一直線上に並び、月が地球の影に隠れることを月食といいます。
日食と同じようにめずらしい現象として月食があります。月は、太陽のようにみずから光っているのではなく、太陽の光を反射して光っているように見えています。そのため、太陽の光が当たっていない(影になった)部分を地球からは見ることができません。これが月の満ち欠けです。
月食はこれとは違い、太陽と月の間に地球が入り、太陽・地球・月の順番に一直線に並んだときに地球の影に月が入り、月が欠けて見える現象です。しかし、月が完全に地球の影に入る皆既月食の場合でも、皆既日食のように見えなくなるのではなく、月が赤色に見えます。
また、日食は限られた時間に限られた場所でしか見ることができないのに対して、月食の場合は月食の起こる時間に月の見える場所であれば、どこでも見ることができます。
皆既月食の月が赤いのはどうして?
皆既月食のときの月はどうして赤く見えるのでしょうか?
これには夕陽を赤く見せるのと同じ「散乱」という現象が関係しています。
太陽の光が地球の大気を通過するとき、波長の短い青い光は空気の粒によって散乱してしまいますが、波長の長い赤い光は空気の粒の影響を受けにくいため、光を弱めながらも通り抜けることができます。
そして、地球の大気を通過した赤い光は大気でわずかに屈折するので、地球を回り込んで月を照らします。そのため皆既月食の月は赤く見えるのです。
皆既日食が起きたため日巫女(ひのみこ)である卑弥呼が責任をとらされて殺された逸話はよく聞きますね、
http://www.mogella.com/dendo/columnkiji/363 【皆既日食と神話】
2009年7月22日、日本中が皆既日食で盛り上がった。 私のまわりでも空を見た人がいっぱいいる。
その日、日本中でみんなが空を見ちゃうような雰囲気になったのはとってもいいことだと思った。普段、天体に興味ない人も、たまにはこうやって仕事そっちのけで空を凝視できる日があるといいと思う。
こんなの見れるなんて地球ってホントに超ラッキーだわ。
ちなみに、火星なんて二つも月があるけど、小さすぎて日食になっても太陽は隠れない。日食というより太陽面通過。
NASAの火星探査車が捉えた、人類が初めて見る他の惑星上での日食
http://www.astroarts.co.jp/news/2004/03/16transit_from_mars/index-j.shtml
いやほんと、火星人だったら日食パーティーなんか地味すぎて盛り上がらないね。
というわけで、今日は、こんな超ラッキーな人類が体験した皆既日食について歴史を遡って調べてみたい。
◇日本最古の日食の記録
日本書紀にその記事がある。
推古36年3月2日(西暦628年4月10日)三月の丁未の朔戊申に、日、蝕え盡きたること有り。
推古天皇は日本初の女帝であり、聖徳太子が大活躍した時代の人だ。
彼女は、この記事の前月に病で臥せっていて、日食から5日後に75歳で亡くなった。
このときの日食を見ちゃう??
日食情報データベース
http://www.hucc.hokudai.ac.jp/~x10553/
1)5000年間(-2000年~3000年)地球上どこでも、日食情報
2)「金環食と皆既食」 > 「628」 > 「皆既食/628/4/10」 > 「次に」
3)日本のだいぶ近くを皆既日食の線が通っている!!!
地図を拡大して、推古天皇がいた奈良あたりをクリック。
4)緯度経度が出たら「OK」 > 局地情報の枠に緯度経度が入る。
5)「欠け具合は? 何時頃に?」を押すと詳細が見れる。
628年4月10日 9:17(日本時間)
kaiki03
わーーーだいぶ欠けてる。
これ、すごいなーー。
日本書紀に出てくる日食が本当に見れちゃうんだね・・。
◇天照大神と皆既日食
神話と皆既日食というと、日本人ならば 『天照大神の岩戸隠れ』 を思い浮かべる人も多いだろう。
kaiki01
弟のスサノオがあまりに暴れるので、太陽神であるアマテラスが怒って天岩戸に隠れて世界はあっとゆうまに闇になった。
読めば読むほどこれ、日食の話にしか思えない。神話と歴史を切り離して考える学者さんも多いけど私は違うと思う。それでは人間を全く無視した悲しい歴史観になってしまう。むしろ神話から積極的にヒントを得るのが正解なのでは。
『古事記』 や 『日本書紀』 は国家事業で作られた史書だ。
それなりの説得力も必要で、ゼロから作り出されたまるっきりの嘘っぱちが書いてあるとは思えない。
多少なりとも、昔から伝わってきた話がベースになっているはずなのだ。
アマテラスは、世界でも珍しい女の太陽神にして日本の最高神である。
これに当てはまるような女性の権力者がいたんじゃないか。
昔々の日本に、神々しい女神のような権力者が…。
そうそう、いるじゃんか!!!!!
卑弥呼さまーーー!!!!
kaiki02
卑弥呼さまならば、どの時代の人で亡くなった年もだいたいわかっている。
卑弥呼が初めて魏に使者を派遣したのが239年。
247年か248年には亡くなって、でっかい墓が作られたとある。
さて、ではここで、卑弥呼とアマテラスを結び付けてみよう。
卑弥呼=アマテラス
これはずいぶん昔から言われてきた説である。
ともに弟がいるし、巫女的存在だし、共通点が多い。
もし、そうだとすると、岩戸伝説の日食と、卑弥呼も何かしらの関係があるかもしれない。
そう考えた学者さんたちは、卑弥呼が生きたとされる時代の日本で見れる日食を調べた。
そしたら!!!!!
キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!
ニッショク キタ—–!!!!!!
ななな、なんと、卑弥呼が死んだとされる、まさに248年に日本で日食があったのだ。
しかも皆既日食が!!!!!!
日食情報データベース
http://www.hucc.hokudai.ac.jp/~x10553/
1)5000年間(-2000年~3000年)地球上どこでも、日食情報
2)「金環食と皆既食」 > 「248」 > 「皆既食/248/9/4」 > 「次に」
3)地図が出るので拡大して、日本の上の赤線をクリック。
4)緯度経度が出たら「OK」 > 局地情報の枠に緯度経度が入る。
5)「欠け具合は? 何時頃に?」を押すと詳細が見れる。
248年9月5日 5:50。(日本時間)
東北南部~甲信越~中部北部で皆既日食。
kaiki04
これ、最初に発見した人、ゾクゾクしただろうな…。知ってて調べても鳥肌立つもん。
確かに、異論はいっぱいある。
邪馬台国の候補地で天岩戸神社がある九州では、この日食見えない。そして、畿内では部分日食だった。
けども、よ。
欠けた太陽が昇ってきて、だんだん元に戻るという印象的な日食であったことは間違いない。
卑弥呼がなぜ死んだのかはわからないけど、日食が関係している可能性はとっても高いんじゃないかな。
こちらは奈良地方の様子。
部分日食と言ってもだいぶかけてるね。
kaiki05
こんな太陽が朝焼けと共に昇ってきたら、昔の人はどう思っただろう。
中国に使者を派遣するほどの権力を持った巫女的な女がいて、彼女が死んだ年に皆既日食があり、しかも地元では、太陽の女神が隠れたという皆既日食を彷彿とさせる伝説が残っている。
これって全部全くの無関係って言える??
卑弥呼=アマテラス
いやーもうこれ結構 説得力あると思うけど。
しかも、邪馬台国って、九州でも畿内でもないんじゃないかな、とか思ったりして。
長野に戸隠ってゆうところがあって、アマテラスの岩戸が開いた時にここまで飛んできたってゆう伝説が残っている。
まず椿咲きたる岩戸開きかな 高資ー 場所: 佐貫観音奥の院ご開帳
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