https://courrier.jp/news/archives/87912/?ate_cookie=1589098954
http://crisp-bio.blog.jp/archives/22247435.html 【[2020-05-04更新] 新型コロナウイルス:血漿療法で凌ぎつつ、抗体とワクチンを待つ】
概要
開発が急がれているが、SARS-CoV-2に対するワクチンも、モノクローナル抗体 (mAbs)も、製剤も存在していない。
Johns Hopkins School of Public HealthとAlbert Einstein College of Medicineの研究者らは今回、1890年代からの血清療法 [1]の歴史的事例に基づいて、COVID-19から回復し免疫グロビンを帯びた血清を提供できる集団が存在すれば、この緊急時には、血清療法が有用であるとした。
受動的免疫療法
ワクチンを投与する能動的免疫療法は効果まで時を要し、その効用に個人差があるが、抗体を投与するなどの受動的免疫療法には、リスクを帯びた人々への即効性がある。
受動的免疫療法の歴史は1890年代にまで遡り、抗生物質が登場する1940年代まで、感染症に対する唯一の療法であった。また、近年のSARS-CoV-1のようなコロナウイルスのアウトブレイクの際にも、回復期の患者に由来する中和抗体による受動的免疫療法が有効であった。
SARS-CoV-2に対する受動的免疫療法の作用機序として、ウイルスの中和の他に、抗体依存性細胞傷害作用 (ADCC)そしてまたは食作用 (phagocytosis)を想定できる。SARS-CoV-2の抗体はさまざまな手段で開発可能であるが、今すぐに利用できる抗体は、回復期の患者の血清に含まれる抗体でる。
受動的免疫療法は、一般的に、治療より予防に有効であり、治療に利用する際には、症状があらわれてから短時間のうちに処方する必要があり、肺炎球菌性肺炎の場合は、3日以内と言われている。
免疫グロブリンによる予防は、抗体のレベルと組成によるが、数週間から数ヶ月間継続、と言われている。
歴史的先例
回復期血清療法は20世紀にはいって、さまざまな感染症に応用されてきたが、1918年のH1N1インフルエンザウイルスのパンデミックの際に、患者1,703名のコホートで血清療法によって死亡率が低下することが確認された。
2009-2010年の重篤なH1N1インフルエンザウイルスのパンデミックの際には、回復期血清の抗体を介して、呼吸器系でのウイルス量とサイトカイン応答および死亡率が抑制された。
2013年の西アフリカでのエボラ・エピデミックでは、回復期血清全体の投与が延命効果を示した。鳥インフルエンザウイルスのH5N1とH7N9の際も、少数例であるが、回復期血清を投与された患者が生存した。
ただし、歴史的先例は、多くの場合、抗体のレベルやウイルスの血清型のデータがないまま投与され、また、ランダム化またはブラインディングが行われていなかったため、近代的臨床試験の条件を満たしていなかった。
21世紀に入って、2003年のSARS1 (重症急性呼吸器症候群), 2012年のMERS (中東呼吸器症候群)と、2回のコロナウイル・エピデミックが発生した。韓国でのMERSのアウトブレイクも含めて、いずれも少数例であるが、回復期血清の投与が効果を示したが、一方で、回復期血清に含まれる抗体のレベルと組成に効果が依存することを示唆する結果も見られた。COVID-19についても、詳細は不明であるが、中国での実施例が報道されている (245名に投与し、91名に改善の兆しあり) [2]。
受動的免疫療法の特長とリスク
回復期血清の投与は、基礎疾患を抱えている者、医療従事者、COVID-19感染者との濃厚接触者などのハイリスクな人々を対象とする予防に有用である。
受動的免疫予防は既に、B型肝炎ウイルスや狂犬病ウイルス暴露に対するそれぞれのヒト免疫グロブリン投与として臨床応用され、また、RSウイルスについても高リスクの幼児に施されている。
リスクは3種類である: (1)血清に含まれる望ましくない要素 (標的以外の病原体など)と血清構成要素に対する免疫応答 (血清病)の影響、および、肺疾患を伴うCOVID-19感染者における輸血関連急性肺障害が; (2) 抗体依存性感染増強 (antibody-dependent enhancement of infection:ADE); (3) 免疫応答の低下に伴う、コロナウイルスへの再感染や他のウイルス・病原菌への感染。
著者らは、続いて、回復期血清による予防と治療を進める前提条件を論じた後、COVID-19パンデミックにおいては、各機関で回復期血清の緊急利用を進めるべきとした。
https://aasj.jp/news/watch/12765 【4月10日 新型コロナウイルスに対する血清療法:北里柴三郎推薦の治療法 (米国アカデミー紀要オンライン掲載論文他)】
医療を行う際の科学的根拠には、メカニズムははっきりしないが経験的に効果があると思う段階、メカニズムが理解できているという段階、そして統計学的に医療効果が確認されている段階まで様々な段階があり、それぞれは必ずしも一致しない。
このことがわかって新型コロナウイルスに対する議論を聞いていると、最終的科学性にこだわった杓子定規な議論が強すぎるように感じる。例えば、アビガンの効果については、理屈としては正しいといえる。なら、ともかく使ってみようかと使って、効果が見られた時、今度は観察研究だから役に立たないと議論が始まる。これは私個人の意見だが、この事態を乗り切るためには、少なくとも理屈があり手に入るならなんでもやってみることも大事ではないかと思う。
今は政府も国民も、この病気に対してレスピレーターとECMOだけが信頼できる科学だと思っているように見える。今こそ現場の裁量で様々な可能性を試し、それを正確に記録した結果が、フィードバックできるシステムが大事ではないだろうか。
理屈があり手に入るという点から新型コロナウイルスに絶対おすすめなのは、回復した患者さんの血清を使ってウイルスを中和するという治療法だろう。この可能性については論文がちらほら出始めていたが、観察研究の集大成ともいえる論文が中国から米国アカデミー紀要に発表された。タイトルは「Effectiveness of convalescent plasma therapy in severe COVID-19 patients (重症Covid-19患者に対する回復者由来血清療法の効果)」だ。
この研究も観察研究で、すでに急性呼吸逼迫症候群(ARDS)を発症した10人の新型コロナウイルス感染患者さん(このうち3人は人工呼吸器装着)に対して、ウイルスに対する中和活性の高い回復患者さんの血清を、発症後11−19日目に200ml、一回だけ投与して様子を見ている。
この研究では血清を調整するため、軽症患者さんで発症から3週目の血液(退院後4日目)を40人のドナーから集めている。新型コロナに対しては抗体がすぐに消えるということが言われているが、細胞にウイルスを感染させる古典的な方法で、ウイルス活性を中和する抗体価を調べると、39人で160倍以上の力価があり、それ以下だったのは1例だけだった。すなわち、時期を選べば多くの軽症者の回復血清を明日からでも集められる。
データの詳細は省くが、感染症に対する免疫の力を示す赫赫たる成果で、3日以内に血清からウイルスが消え、レントゲン所見の回復には時間がかかるが、呼吸不全の症状を含め、検査データも1週間以内に改善する。何よりも、3人は退院、残りも回復して退院を待つのみという結果だ。同じ病院でのそれまでの結果では、ARDSを発症した人の3割が亡くなっている。
この論文以外にも、3月27日号の米国医師会雑誌(JAMA)では、人工呼吸器装着の5例全例が回復したこと、また、Chestには人工呼吸器装着の4例全例が回復(3例は退院)したことが示されている。
確かに全て観察研究だが、もし私が現場で働いていたら、この治療を採用したいと思うだろう。3誌で紹介された全ての患者さんは、様々な抗ウイルス剤が用いられており、重傷者に抗ウイルス剤の効果が限定的であることを示している。観察研究といっても、北里柴三郎以来血清療法の科学性ははっきりしており、しかも北里の時代と異なり中和活性も測れる。
考えてみれば、血清療法を最初に開発したのは我が国の北里柴三郎と、ドイツのベーリングだ。その意味では我が国でも当然推進すべき治療法だと思うが、北里の国、我が国では実現に壁があるかもしれない。
最も重要な壁は、ウイルスの中和抗体の力価を測る感染実験施設の協力だ。検査は簡単で、安全な感染実験ができる場所があればいい。国立感染研や、国立大学など、研究者の貢献が必要になる。緊急措置が出た地域の大学では、全ての研究がストップしており、資源は回せるはずだ。
次に重要なのは、米国アカデミー紀要の論文に示されたように、決まった時期に血液を採取することが必要になる。そのために、軽症者の自宅やホテル隔離の場合でも、決まった時点(発症後3週間?)で採血して、力価を調べる体制が必要だ。
しかしこれらは壁といっても、すぐに解決できる。今日の東京都の統計を見ると、幸い中軽症者が1400人、重傷者は30人に過ぎない。人工呼吸器の数を心配することも大事だが、ぜひこの治療を迅速に導入する体制をとってほしいと思う。
現在多くの製薬会社では、中和モノクローナル抗体の開発が加速している。おそらくこれはワクチンより早い切り札になることは、エボラの経験でもわかっている。ただ、この開発が進められているということは、北里以来の血清療法が可能であることを示している。現場の医師と、政府と科学者の一体となった協力体制に期待したい。
繰り返すが、人工呼吸器だけが治療ではない。現場の裁量で行われる様々な内科的治療の中から、可能性の高いものを迅速にスタンダードとして採用できる体制も重要だと思う。
https://kotobank.jp/word/%E8%A1%80%E6%B8%85%E7%97%85-59649
【血清病】
http://www.ketsukyo.or.jp/plasma/globulin/glo_01.html 【免疫グロブリン製剤】
私たちは、常に細菌やウイルスなどの様々な病原体にさらされています。このような病原体に感染すると色々な病状が現れます。しかし、実際には健康に生活している人が大部分です。これは私たちの体に、病原体から身を守る働き(免疫能)が備わっているからです。
「免疫」とは、かつて、一度伝染病〔でんせんびょう〕にかかると同じ伝染(疫)病から免れる「二度なし現象」を指していました。
この「二度なし現象」をもとに、18世紀末、E.ジェンナーは種痘〔しゅとう〕の予防接種に成功しました。これが人類にとって最初のワクチンとなりました。更に19世紀末に、L.パスツールは狂犬病など感染症のワクチンによる予防法を確立しました。
また1890年、E.V.ベーリングと北里柴三郎は、ジフテリア菌や破傷風〔はしょうふう〕菌の毒素〔どくそ〕を投与した動物の血清〔けっせい〕中に毒素を無毒化する「抗毒素〔こうどくそ〕」(抗体=免疫グロブリン)があることを発見しました。そして、これを血清療法〔けっせいりょうほう〕*(=抗体療法)へ応用しました。
現在では、細菌やウイルス等の感染症を予防や治療する目的で、人の血液から取り出された抗体(免疫グロブリン)が医薬品として使用されています。
*血清療法:病原体やその毒素に対する抗体を含む血清を用いる病気の治療や予防法のことをいいます。
https://www.lymphocyte-bank.co.jp/blog/immunity/%E6%96%B0%E5%9E%8B%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9%E8%A1%80%E6%B8%85%E7%99%82%E6%B3%95%E3%82%88%E3%82%8A%E3%82%82%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%B3%E8%A3%BD/
【新型コロナウイルス血清療法よりもグロブリン製剤】
マスメディアの方が新型コロナウイルスに対する血清療法の件をとりあげ、これはいいと思いますけどとコメントしていました。感染患者で健康を回復した人の血清を症状が進行中の感染患者に投与するというものです。それはいいのでは、と思う人は身の回りにもいらっしゃるのですが、このやり方は劇症化を招くリスクがあります。
え? 治った人の血清だから、ウイルスをやっつける抗体がたくさん入っていてそれを患者さんに投与したらよく効くのでは? と考える人が多いようです。 相手が毒素ならいいのですがウイルス相手の場合は逆効果になることもあります。
毒蛇に咬まれたとします。コブラや、コブラより強い海ヘビに咬まれたらもう何をやろうにも間に合いませんが、もっと進化したヘビ、マムシとかハブは能力は高いのですが毒はその分弱いのですぐに措置をすれば命は助かります。その際、抗血清を投与すると体内の毒を中和してくれて症状が緩和することがあります。毒は増えませんし、とりあえず体内に入った毒素にベタベタ中和抗体をはりつけておとなしくしてもらうということです。抗体が結合した毒がどこへ行くかですが、抗原抗体複合体のまま細胞内に取り込まれたりします。とりあえず血液中から消えてくれれば害はなくなります。 この場合、ウサギにヘビ毒をうちこんで精製されたウサギ抗血清を使うと、使ったことを覚えておく必要があります。もし、二回目、またヘビに咬まれた、あるいは他の動物の毒であっても、ウサギの血清を使ってしまうと今度はウサギタンパクに対するショック症状を起こし、最悪、死に至ることもあります。 そのため、馬とか、別の種類の動物でつくった抗血清を使う必要があります。ともかくヘビ毒でも抗血清療法が使われる出血毒タイプの場合は血液中に入り込んだ毒素の活性を落としてしまえばそれでいいのです。ちなみにヘビの「出血」毒を口から飲んでも、口内などに傷がなければ問題ありません。
ウイルスの場合はそう単純にはいきません。ウイルスは血液中にいるだけでは何も問題は起こりません。ウイルスが細胞内に感染し、細胞内で異常増殖し、次々に周辺の細胞へも感染していく連鎖が起こると問題が起こることがあります。新型コロナウイルスに感染したあと元気になられた方の血清には感染後どれだけ時間が経っているかにもよりますが、新型コロナウイルスに結合する中和抗体が大量に誘導されている可能性があります。新型コロナウイルス感染後、概ね2週間すると検出可能レベルの中和抗体が誘導されてくると報告されています。 必ずそうとは限りませんが重症化してから回復された方の場合にはまず感染していたウイルスに対する中和抗体がみつかるはずです。これを今まさに感染が進行中の患者さんの静脈に点滴したとします。すると中和抗体がベタベタと体内のウイルスにくっつくまではいいのですが、中和抗体が結合しただけではウイルスは無力化されません。むしろ中和抗体が抗原と結合して抗原抗体複合体となると、エンドサイトーシスというのですが効率よく細胞内に取り込まれてしまいます。何のことはない、わざわざウイルスを招き入れてしまうのです。 通常、ウイルスは特定の物質を標的にして細胞内に感染していきます。新型コロナウイルスの場合は標的細胞のACE2(アンジオテンシン転換酵素2型、血圧調整機能が有名ですが他にも様々な機能を果たしています) という特定の細胞表面たんぱく質を標的にして、そのたんぱく質のどこにウイルスのどの部分が結合して感染するのか、ということがわかっています。 他の感染ルートもあるかもしれませんが。 ウイルスはやみくもにいろんな細胞に感染するのではなく、おおむねウイルスによって感染する相手の細胞が決まっており、細胞の側も特定のウイルスを招き入れるレセプターを発現しています。ところが中和抗体にまみれたウイルスはレセプターとは関係なく広範に様々な細胞に入り込みます。 ADE(抗体依存性感染増強)というのですが、中和抗体がウイルス感染を手伝ってしまい爆発的な感染増強を招くことがあります。 エイズウイルスに対するワクチンの開発を延々と何十年もやってきて延々と何十年も失敗してきたのはADEを招くからです。エイズウイルスの場合はワクチンを投与すると容易に効率よく中和抗体を誘導し、これがエイズウイルスを次々に数多くの種類の細胞に感染させるのでワクチンによって感染リスクが高まり、重症化リスクも跳ね上がるのです。ウイルス感染症を克服したばかりの元患者さんの血清を同じウイルスに感染している患者さんに投与するのは「ご法度もの」なのです。
ウイルス感染が進行して時間が経てば、そのウイルスに対する中和抗体が誘導されますが、中和抗体にはウイルス感染を防ぐ効果はありません。一方、重症化したあと回復した人の体内には、そのウイルスを認識でき、そのウイルスに感染している細胞を狙い撃ちで攻撃する細胞傷害性T細胞(CTL)が大量に含まれているはずです。 これを別の患者に投与すれば効果はあるのでしょうが、他人のT細胞を投与すると拒絶反応が起こる可能性大です。なお血清の中にはCTLは含まれていません。 がんの治療用に開発されている遺伝子改変T細胞療法CAR-T療法を応用して、新型コロナウイルス特有の標的物質を目印に攻撃するCAR-Tを作成すれば、新型コロナウイルス感染細胞を狙い撃ちで傷害するでしょうが、いくつも問題があり実用性はありません。 T細胞ですから本人の細胞を使わないと拒絶反応を起こす一方、本人のT細胞を遺伝子改変してから培養していては培養が仕上がるころには患者さんは治っているかこの世にいないかです。 拒絶反応を起こさないであろうCAR-NK療法なら他人のNK細胞から事前に大量培養しておいて投与することは可能ですが、NK細胞ならば何も遺伝子改変しなくてもいいではないか、という見方もあります。理論上、可能性ありと考えられますが、まったくやったことがないので実際にどうかはわかりません。なお法的な問題で、現時点でANK療法を新型コロナウイルス患者の治療に用いることは違法になります。法的手続きを踏んでいけば可能かもしれませんが、ものすごく長い道のりとなります。
もっと実用的な承認済の医薬品もあります。保険適応外になりますが。かつて院内感染などで大勢の方が肺炎をこじらせて亡くなるという状況が続き、日本の医療制度を大きく動かす事態となりました。長期入院は極力避ける、特に抗がん剤で免疫力が激減する進行がん患者は院内感染を招きやすいということで速やかにホスピスなどへ誘導、あるいは抗がん剤の投与やフォローはなるべく基幹病院ではなく連携クリニックなどに分散して投与するようになりました。そのころ評判の薬だったのが免疫グロブリン製剤です。IMS統計という医薬品統計で年間450億円売れていた、、という記憶があります。とにかく目をつぶって免疫グロブリン製剤をうっておくと感染症患者の熱が下がり、肺炎で亡くなるケースが減るという現象が起こっていました。免疫グロブリン製剤というのは健常者の血液を集め、血清の中の抗体成分を中心に精製したものです。果たして製剤の中に含まれる抗体が一体どんな抗原を認識するのかさっぱりわからないわけです。健常者の血液内を流れる抗体が何を認識するのか、調べないのかというと技術的にものすごく大変で、不可能とはいいませんがやる人はなかなかいないでしょう。 こんなものを投与してなぜ効果があるのかと批判され、特にかつて日本は海外の血液を大量に輸入していたので(私もよく高槻にあった大手血液製剤メーカーの工場に納品立ち合いにいってました)他国民の血を集めて訳のわからないことに使っていると不興を買っていました。その後の研究により、肺炎で亡くなる高齢の入院患者さんを調べると、感染症そのものではなく、肺の病巣に好中球が猛攻をかけ、その際に大量放出する炎症爆弾で肺がやられているケースが多いことがわかりました。病原体に先ほどの中和抗体ではなく、CDCCという活性をもち炎症爆弾の猛爆を誘導するタイプの抗体のYの字の形の二股側が抗原に結合し、その状態でYの字の一本棒側(Fcフラグメント)が好中球に結合すると好中球の炎症作用が増強されます。この場合、CDCC抗体が病原体の抗原にも結合していることがより強力に好中球を活性化させます。そこへ大量の免疫グロブリン製剤を投与すると、好中球にベタベタとグロブリン製剤中の抗体のFcフラグメントが結合するのですが、もう一方は抗原に結合していないので好中球はそれほど活性化されません。結果的に好中球が「マスク」をされてあまり活性化しなくなるというメカニズムが働いているようだ、ということになりました。 ところが、血液大量輸入が猛烈な国際的批判を浴びる状況下、免疫グロブリン製剤の使用制限が厳しくなり、市場は縮小、国は血液製剤の国産化の方向へ舵をきったのですがまず使用量を減らす努力を優先させたのです。一方で院内感染による肺炎死問題は重症患者や長期入院患者を病院から追い出すという解決策が打ち出され、いつのまにか免疫グロブリン製剤の効用は忘れられていくようになりました。 もっとも、細菌感染症に対して免疫グロブリン製剤が臨床現場で評判がよろしかったとはいえ、ウイルス感染症に対してもそうなのか、というところは明確ではありません。 好中球のマスキング効果はあるのでしょうが、ウイルス感染そのもので肺胞細胞が激減することが主たる問題で好中球などによる過剰な炎症反応は重要な死亡原因になっていないのであれば、「はずれ」ということになります。ここがむつかしいところで免疫細胞の猛攻でウイルス感染細胞を早期に除去する方が「治りやすい」わけですが、一方で免疫細胞が引き起こす炎症反応が凄まじく、ウイルスもろとも正常細胞が壊滅することが命取りになっているのであれば免疫反応を微妙に抑制する方が重症化しにくいわけです。はたして免疫のアクセルが必要なのかブレーキが必要なのか、あるいは両方の状況が混在しているのか、その現場を直接見ることはできませんので非常に判断がむつかしいのです。
ただ少なくとも、感染患者さんの血清を使うよりは、ウイルスに対する特異性を高めていない健常者から集めた免疫グロブリン製剤の方が安全であり、うまくいけば重症患者の回復に寄与するかもしれません。結局やってみないとわからないのですが、明らかなリスクが想定される場合はやるべきではなく、安全と考えられているもので何らかの用途に承認されているものであり、ある程度の妥当性が考えられるのであれば、とりあえず使ってみる検討はすべきです。 なお、日本には戦後ほどなく設立された伝統的な血液製剤メーカーがいますが、今日では武田薬品さんがシャイアー社を買収しており、このグループが免疫グロブリン製剤の大手です。
なお中外製薬さんは日本が生んだ世界最大のヒット商品アクテムラの新型コロナウイルスに対する国内治験を始める予定です。この薬、リューマチの薬として承認されていますが炎症反応を抑制するものです。アスピリンの様に広範な免疫反応を全体的に抑制するものではなく、もっとピンポイントに細胞傷害に直結する炎症にブレーキをかけるものです。新型コロナウイルス感染による肺炎の最後の問題が過剰な炎症反応なのであれば有効かもしれません。一方、ウイルス感染による肺胞細胞の過剰な減少そのものが決定的に致命的なのであれば炎症を抑えることはむしろ抗ウイルス作用を抑えるリスクがあるかもしれません。ウイルスの増殖に対して免疫抑制は問題、かといって過剰な炎症反応が組織の壊滅につながっているなら免疫反応を抑制しないといけない、矛盾する治療のバランスをとらなければなりません。
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