ワクチンが使えるようになるまで最低2年はかかる

https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64367?site=nli  【新型コロナ ワクチン開発の苦境-ワクチン実用化に時間がかかる理由は何か?】保険研究部 主席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 篠原 拓也

パンデミックとなった新型コロナウイルス感染症は、欧米を中心に、拡大が続いている。世界各国で、国境封鎖や感染地域からの入国制限、都市封鎖(ロックダウン)などの措置がとられているが、まだ収束の見通しは立っていない。

日本でも、都市部を中心に感染者の数が増加している。患者の集中によって医療施設が機能不全となる、医療崩壊の危機がさし迫っている。これを受けて、政府は5月6日までとしていた緊急事態宣言を、1ヵ月程度延長する方針を固めたと報じられている。外出自粛要請や休業要請など、市民の生活や社会、経済へ与える影響は増大している。

世界では、死亡者数でアメリカが5万人を超え、イタリア、イギリス、スペイン、フランスが2万人に達した。感染者数では、アメリカが100万人、スペイン、イタリアが20万人を上回っている。

世界全体で感染者は309万445人、死亡者は21万7769人。日本の感染者は1万4800人、死亡者は428人(横浜港に停留したクルーズ船を含む)に達している(4月30日現在/世界保健機関(WHO)調べ)。

この感染拡大を止めるには、ワクチンが欠かせないとされる。現在、世界中の医薬品メーカーや研究機関で、多くの研究者がワクチン開発に取り組んでいる。しかし、実用化までには、まだ時間がかかる見通しだ。その理由はどこにあるのか、みていこう。

◆3つのフェーズで行われるワクチン臨床試験

一般に、どんな医薬品でも、有効性と安全性を兼ね備えることが条件となる。特に、ワクチンには、高い安全性が求められる。

感染症に対するワクチンは、健康な人に向けて、予防の目的で投与される。このため、もしワクチンを投与したことで、健康な人が病気になってしまうようなら、大問題となりかねない。

医薬品開発では、原則として、臨床試験を通じて有効性と安全性が確認される。臨床試験は、法令に定める基準やガイドラインに従って行われる。そのガイドラインによれば、事前に大学などの審査委員会の審査・承認を受けること、被験者のインフォームドコンセント(十分な説明に基づく同意)を得ること──などとされている。

ワクチンの臨床試験は、3つのフェーズで行われることが一般的だ。

フェーズIは、通常、少人数の健康な成人を対象に、小規模な試験として行われる。ワクチンの有効性と安全性に関する、予備的な探索を行うことが目的となる。

フェーズIIは、健康な人を対象に、ワクチンの使用方法などに関する試験として行われることが一般的だ。対象に、未成年者や高齢者を含むこともある。ワクチンの接種量、接種スケジュール、接種経路を明確にすることが主な目的となる。

フェーズIIIは、大規模な集団において、有効性と安全性のデータを得ることが目的となる。投与される被験者にも投与する医師にもわからないよう、ランダムにワクチンまたはプラセボ(偽薬)を割り当てて投与し、その効果を比較することで有効性をテストする。これは、「無作為化二重マスク比較試験」と呼ばれている。被験者にも、医師にもわからないため、「二重マスク」ということになる。

フェーズIIIは、数千人規模の集団を対象とすることもあり、ここで研究開発費の多くが費やされるといわれる。成功して実用化できるか、それとも失敗に終わるか、まさにワクチン開発での最大のヤマ場といえる。

◆開発されれば、短期間・低コストで実用化できるワクチンもあるが…

ウイルスの感染症では、予防のためにワクチンを接種することが有効となる。かつて蔓延した、はしか、水痘、おたふくかぜ、ジフテリア、ポリオ、破傷風などの病気は、ワクチンの予防接種が進み、9割を超える人が免疫をもつようになっている。

ワクチンには、はしかのように予防接種で免疫を獲得すれば二度とかからないようにできるものもあるが、インフルエンザのように予防接種をしても感染してしまうものもある。ただ、その場合でも、感染後にあまり重症化しないで済むといった効果が期待できるため、ワクチンとしての有効性はある。

ワクチンのタイプとして、ウイルスなどの原因微生物を発症しない程度に弱毒化したうえで使用する「生ワクチン」と、微生物の全体または一部を感染しないように無毒化して免疫を獲得する「不活化ワクチン」がある。

生ワクチンは、弱毒化したとはいってもわずかに発症のリスクが残るため、免疫不全者や妊婦には使用できない。はしか、水痘、おたふくかぜなどに対しては、生ワクチンが用いられる。

一方、不活化ワクチンは、発症のリスクはなくこれらの人にも使用できるが、獲得できる免疫が限られていて、その持続期間も生ワクチンに比べて短い。ジフテリア、ポリオ、破傷風などに対しては、不活化ワクチンが用いられる。

そして、いま注目を集めているのが、ウイルスの設計図ともいえる遺伝情報を使う「遺伝子ワクチン」だ。ウイルス本体ではなく、ウイルスの遺伝子を使ってワクチンを作るため、理論上、安全性への懸念は少ないとされる。

また、開発されたあかつきには、ウイルス遺伝子を組み込んだプラスミドと呼ばれるDNA分子を、大腸菌などを使ってタンクで培養でき、ワクチンの大量生産が可能となる。このため、従来の鶏卵を使った製造法に比べて、短期間、低コストで実用化が図られる。ただし、これまでに、遺伝子ワクチンが人で実用化された事例はない。

いずれのワクチンにしても、発症のリスクを減らすもしくは無くす一方で、免疫を獲得できることが条件となる。このために、ワクチン候補について臨床試験で有効性と安全性を確認することが必要となる。

◆ワクチンの有効性は発症予防効果でみる

では、有効性の確認は、どのように行われるのだろうか。臨床試験のガイドラインによると、基本的には、「発症予防効果」をみることが望ましいとされている。発症予防効果は、ワクチンを打たなかった場合と比べて、どれだけ発症する患者を減らせたかという指標で表される。

たとえば、ワクチンとプラセボをそれぞれ100人ずつ被験者に投与したとしよう。しばらくして、ワクチンを投与された人からは20人、プラセボを投与された人からは50人が発症したとする。

この場合、ワクチンの効果により30人(=50人-20人)の発症が予防できたとみられる。したがって、発症予防効果は、60%(=30人÷50人)となる。

感染症の種類によって、発症予防効果は異なる。たとえば、予防接種の効果が一生涯続くとされる、はしかの場合、発症予防効果は90%以上との研究報告がある。

一方、季節性インフルエンザでは予防接種を受けても、その効果は数か月間に限られる。ある研究によれば、発症予防効果は65歳以上の健常な高齢者について約45%であったと報告されている。

このように、ワクチンの効果は100%ではない。たとえワクチンを打っても、感染や発症をしないとは言い切れないことになる。

しかし、多くの人がワクチンを打てば、感染者の数を減らすことができ、その結果、感染拡大が抑えられる。つまり、ワクチンによって「集団免疫」が働く効果がある。この集団免疫を効かせるために、早期のワクチン開発が望まれるわけだ。

◆「副反応」リスクが大きければ、開発はストップ

安全性の評価は、投与されたすべての被験者に対して「有害事象」を収集するという形で行われる。

ワクチンの場合、体外の物質が化学作用することよりも、体内で免疫学的に起こる反応が問題となることが多い。そこで、治療薬の「副作用」とは区別して、「副反応」という用語が使われる。

副反応には、予防接種をした部位が腫れたり、赤みを帯びたり、ズキズキ痛んだりする局所反応と、発熱やリンパ節が腫れるなどの全身反応がある。局所反応や全身反応の多くは、投与後数日以内に発現するとされる。

特に、重篤な有害事象として、死亡・障害やその恐れのある症例、後世代における先天性の疾患・異常などがあげられる。こうした重篤な有害事象に対しては、詳細な報告書を作成するとともに、報告後も十分にモニタリングを行う必要があるとされている。

これらの有害事象を収集する期間は、不活化ワクチンの場合、投与後2週間、生ワクチンの場合、投与後4週間が目安とされている。電話連絡により確認したり、被験者が受診する際に日誌を回収したりして、収集される。

このように、ワクチンの場合は、安全性に対する評価がとても重視される。発症予防効果がいくら高くても、副反応のリスクが大きければ、開発はストップされる。つまり、ワクチンの開発はとても難しいということになる。

◆感染症が収束すれば開発中止の可能性も

現在、世界中の医薬品メーカーや研究機関で、新型コロナウイルスの治療薬やワクチンの開発が進められている。ワクチン開発に参画している研究の中には、すでに臨床試験を開始しているものや、間もなく臨床試験に入ると公表しているものがある。ワクチンの開発競争は、激しくなっている。

一般に、医薬品開発は、成功・失敗の予測が難しくリスクが大きいとされる。特に、ワクチンの場合、開発途中で、そもそも感染症が収束したり、あるいは他社のワクチンが先に実用化されたりすれば、開発を中止せざるを得ない事態も起こりうる。

実際に、SARS(重症急性呼吸器症候群)や、MERS(中東呼吸器症候群)の感染拡大時には、そうした経緯からワクチンの開発が完成に至らなかったといわれる。

今回の新型コロナで、遺伝子ワクチンの開発に取り組む国内の研究者からは、現在自分たちが開発中のワクチン候補は、臨床試験等で人を対象に使用できるようになるまでに最低6か月はかかるとしたうえで、それまでにウイルスの流行が抑え込まれれば、開発を中止する可能性もある──との話も出ている。

いずれにせよ、新型コロナの感染拡大を防ぐには、ワクチン開発が欠かせない。速やかなワクチン実用化のために、開発リスクを軽減する支援も必要と考えられるが、いかがだろうか。


https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/20/04/24/06846/  【新型コロナの収束シナリオとその後の世界(2)治療薬・ワクチンの開発見通し】  2020.04.28

 COVID-19の収束シナリオとその後の社会、経済について分析する寄稿の第2回目は、治療薬・ワクチンの開発状況と見通しについて触れたい。

 治療薬については、主にドラッグリポジショニングによる既存薬の評価が進んでいる。新薬を一から開発するには最低でも数年かかるため、転用できそうな薬を片っ端から試しているのが実情だ。COVID-19の治療薬は、(1)ウイルスの侵入・増殖を防ぐ抗ウイルス薬、(2)重症状態を改善する抗炎症薬──に分けられる。現在開発中の主な治療薬を図2にまとめた。

 抗ウイルス薬としては、富士フイルム富山化学が創製したインフルエンザ治療薬「アビガン」(ファビピラビル)や、米Gilead Sciences社がエボラ出血熱の治療薬として開発していたレムデシビルなどが挙げられる。これらは現在第3相臨床試験を実施中であり、早ければ2020年後半の実用化が期待される。これら抗ウイルス薬は、主に発症後に投与することで重症化を防ぐ効果や回復を促す効果が期待される。アビガンやレムデシビルが重症患者への投与で著効を見せたとの報道もあり、注目が集まっている。

 抗炎症薬は、主に重症患者に見られる過剰な免疫反応を止めることで、肺が機能不全状態に陥るのを抑制する効果が期待される。抗炎症薬としては、中外製薬が創製した関節リウマチ治療薬「アクテムラ」(トシリズマブ)や、米Regeneron社が創製しフランスSanofi社が販売する関節リウマチ治療薬「ケブザラ」(サリルマブ)などが挙げられる。これらも第3相臨床試験などを実施中であり、早ければ2020年後半の実用化が期待される。他にもヤヌスキナーゼ(JAK)阻害薬やブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)阻害薬なども抗炎症薬として試験されている。

 治療薬はウイルスの感染を防ぐわけではないが、感染者の致死率や重症化率を下げるために必要であり、開発が急がれる。

 次にワクチンの開発状況について図3に整理した。代表的なものとして、米Moderna社が米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)と共同で開発しているmRNAワクチンのmRNA-1273が挙げられる。このワクチンはウイルスのスパイク蛋白質(S蛋白質)をコードしたmRNAを脂質ナノ粒子で送達し、体内でS蛋白質を発現させることで免疫を誘導させるワクチンである。3月中旬から第1相臨床試験を開始し、安全性・免疫原性について評価している。また、米Inovio Pharmaceuticals社が開発しているDNAワクチンのINO-4800も4月に臨床試験を始めた。いずれも実用化まで早くて12カ月から18カ月程度かかると想定されている。

ワクチン開発は難航も予想される

 ただし、ワクチン開発は治療薬以上に一筋縄ではいかない可能性がある。ワクチン開発の懸念として挙げられるのが、抗体依存性免疫増強(Antibody-Dependent Enhancement:ADE)という副作用リスクの存在だ。ADEは、何らかの原因で抗体がウイルスの感染・炎症化を促進してしまい、重症化を引き起こす現象のことである。SARSやMERSのワクチン研究においても動物実験でADEのような現象が確認されており、COVID-19のワクチン開発の大きな壁となって立ちはだかる可能性がある。

 また、ウイルスの変異可能性も懸念として挙げられる。COVID-19のウイルスは数千もの変異が確認されている。ワクチンがターゲットとしている部位に変異が起きた場合、ワクチンの効果が減弱化してしまう可能性があるため、この点もクリアする必要がある。

 そうなると、我々は悪いシナリオも想定しておかなければならない。ワクチンの開発失敗である。ワクチンの開発が遅れれば、集団免疫を獲得する時期が遅れ、それだけ経済活動の再開が遠のくことになる。

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