句会というコミュニケーション

https://ameblo.jp/vivaponta/entry-11213776304.html 【句会はコミュニケーション!~句会ライブ「東京マッハVol.3」】より

週末に、新宿ロフトプラス1で行われた句会ライブ「東京マッハ」に行ってきました

この「東京マッハ」、雑誌「日経ビジネスアソシエ」で『千堀の投句教室575』、

ウェブサイト「日経ビジネスオンライン」で『飛び込め!かわずくん』を連載中のライター、千野帽子が各界からゲストを招いて開催する句会ライブ。

俳句を詠む句会をライブでやっちゃおうという、ちょっと新しいイベントです。

レギュラーメンバーは、司会の千野帽子(文筆業)さんをはじめ、堀本裕樹(俳人)、長嶋有(小説家)、米光一成(ゲーム作家)の4人。さらに、ゲストとして作家、川上弘美さんが参加。彼女は、以前から俳句をされているそうで、「機嫌のいい犬」という句集も出しています。

五・七・五の音節を基本とする短い詩のようなもので、季語を入れる。

俳句についてはそれくらいの知識しかありませんでしたが、3月に行われたライブ「夜のクリエイター大学」で歌人の穂村弘や枡野浩一の話を聴いていて「俳句の何に魅力を感じているんだろう?」という素朴な好奇心と興味から句会ライブに行ってみようと思ったのでした。

「句会」というのは、あらかじめ参加者がお題に沿っていくつか句を作り、誰がどの句を作ったかわからないように一覧にして、自分が作った句以外のものに選句し(投票みたいなもの)し、みんなで評を述べあう、というもの。

今回のお題は「口」と「中年」。あとは自由テーマです。

「公開句会」なので、来場者も事前に選句。1人6句×5人で30句の中から、特選(ベスト1)に☆、

並選(特選の次に好きな句)6句に○、そして逆選(ダメな句、ではなく、「なんかちょっと言いたい!」といった気になる句)に×をつけます。

それぞれが選句したものを読みあげていきますが、並選がときどきかぶったりするけれど、特選と逆選はまったくかぶらないのです。

次に、選句されたものをひとつずつ評していきます。

評するときに、切れ字とか、(「や」「けり」など句を独立させるような働きをする)

句またがり(読み方が五七五ではなく、次の句にまたがる。たとえば「消す鉛筆の字や余寒」だと、前の句の「消す鉛筆の」にうしろの句の「字や」がかぶる。)、

忌日俳句(人の忌日を季語として詠む句)、そしてあいさつ句(句会に参加している人の

名前をばらしたり、句会の行われている場所を句に入れて詠む)など、俳句用語を説明してくれるので、俳句のことをよく知らなくてもわかりやすい。

人の忌日を季語として入れるとか、句会参加者や場所に対するあいさつを俳句でつくっちゃうなんて、そんなことができるなんて知りませんでしたが、なんて粋なんでしょう!

ひとつの句をひとしきり評したあとで、誰の句だったかを公表します。

おもしろいのは、詠んだ本人の意図していたことと、評した人が「このような意図だろう」と想像したものがまったく違ったりすること。

違う見方やとらえ方をすることで、同じ言葉を使った句であっても詠んだ人の句と、読んだ人の句はまったく違う意味をもったものになります。

みんなで評することで、ひとつの句が広がりをもつ。

基本的な句の作り方がわかったら、ひとりで句を詠んでひとりで楽しんでもいいんじゃない? と思ってましたが句会ってこういう楽しみがあるんですねー。

たとえ逆選であったとしても「あ、そういう見方もあるんだ」って感覚の違いを味わえるから、刺激になる。

俳句という素材を通して交流する「違いを活かすコミュニケーション」ってことは、ちょっとコーチングと共通するものがある?

俳句って、誰が読んでも「これはいい! すばらしい!」って満場一致でひとつの優秀な作品が選ばれるものだと思ってましたが、優劣を評価されるものではないようです。

五七五が基本だけど、必ずしもその通りじゃなくてもいいし、切れ字の使い方がわからなくても、とにかく使ってみればいい。ルールはあっても、意外と自由なもののようです。

そして、詠む人の好みや傾向があるから、何度か同じ人が参加する句会に通っていると、

「もしかして、この句は○○さんのかも…」と、作者当てクイズのようなこともできるみたいで、実際に、この日会場に来ていたライター&書評家の豊崎由美さんは、

「こういう少年っぽい句は米光さんに違いない」とみごとに彼の句を言い当てたし、

歌人の佐藤文香が川上弘美作だと思っていた句は、長嶋作で読みがハズれてしまう、なんてことが起こりました。俳句に慣れてくると、これもひとつの楽しみなんですねー。

この「東京マッハ」、11月24日(土)には、京都大学人文科学研究所というところに乗り込んでいき(!)レギュラメンバーの4人に小説家、藤野可織を迎えて「京大マッハ第二芸術の逆襲」というライブを行うそう。うーん、京都かあ。ちょっと遠いけど行きたいなあ。

ちなみに、東京での次のライブは7月くらいの予定だそうです。

句会ライブも楽しいけど、人の句を選句するだけで自分の句は詠めない。となれば、ライブだけじゃなくて自分の句を携えて句会に参加して、自分の個性とほかの人の個性をを存分に活かしあって、違いを体験するべきかも!?

【仮面・信じ込みという色眼鏡】

私たちは過去の経験から色々な信じ込みを持ちます。信じ込みというその色眼鏡で、未来を 限し、縛ります。

 その色眼鏡は「未知」さえも 「慣れ親しんだ景色」に変え「安全感の代価」に「わくわくする冒険心を払わせます。」

人は脳を3%、多くても5%しか使わないで世を去ると言われます。

眠っている脳・潜在意識を活用できればどれほどパワフルな人生を歩むことができることでしょう!!

余りにも自分自身の根底の部分で 不安や恐怖心が動くことに関しては色々考えてしまいます。

過去の経験で辛い目にあったとか、同じようなタイプの人が大変そうだから自分もそうなるのではないか?とか!!

  ……誰だって毎日、毎時、瞬間瞬間生まれ変わっているのにね。 

誰もが以前のままの自分、過去の枠組みの自分ではないのにね。

過去にどうあったかよりも、これからどうするかを観るだけでいいのにね。

だけど どうすれば色眼鏡を外して「観る」ことができるのでしょう?

あるがままを観るにはどうすればいいのでしょう?

いいことだとか、悪いことだとか、損だとか、得だとか、 善だとか、悪だとか あらゆる評価をしないでただ観る。

このことが起こったのは何故なのだろう?どうして今起こっているのだろう?

何を観るためだろう?何を学ぶ必要があるのだろう?どんなメリットがあるのだろう?

私の持つ色眼鏡はどんなメガネ??などなど…色々な視点から。

それができるようになると 思考を止めるとことにより直観力を 開放する醍醐味を味わうことができるのではないでしょうか?

コズミックホリステック医療 俳句療法

吾であり・宇宙である☆和して同せず☆競争ではなく共生を☆

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