https://note.com/chobi122217/n/n290d8a96b017 【予防接種のはじまり】
人類が最初に予防接種を開発し、かつ予防接種によって根絶に成功した感染症が天然痘です。
国立感染症研究所によると、
天然痘は紀元前から世界各地で度々流行し、その致死率(かかった人が病気によって死ぬ確率)は20-50%もありました(強毒タイプの場合)。日本では明治時代の45年間に6回の流行(患者数2〜7 万人程度、死亡者数5,000〜2万人)が発生したといいます。
ものすごく大雑把に計算すると、
明治45年の人口がおよそ5000万人だから、多い時で700人に1人感染し、2500人に1人が亡くなったことになります。
天然痘は治ったとしても、顔に醜いあばた(瘢痕)が残ります。失明することもありました。当時の人々は流行のたび、どうかかかりませんように、自分の子どもにうつりませんように、と願っていたことでしょう。
天然痘の予防接種は1796年、かの有名なジェンナーによって発明されました。牛痘という牛の感染症にかかった女性は天然痘にかからない、ということに気づいたジェンナーは、牛痘にかかった女性の発疹の膿を別の少年に接種しました。この少年にその後天然痘の膿を接種しましたが、少年は天然痘を発症しなかったのです。こうして予防接種(種痘)が始まり、世界に広まっていきました。
種痘が日本に入ったのは1848年で、1946年(昭和21年)の流行を最後に日本で天然痘の発生はありません。1976年に日本での定期接種は中止され、1980年にWHOが天然痘根絶宣言を出しました。
素晴らしい成果を挙げた種痘でしたが、いいことばかりではありませんでした。
10〜50 万人接種あたり1人の割合で脳炎が発生し、その致死率は40%と高いものでした。その他にも全身性に発疹が出たり、接種部位に感染を起こしたり、1割の人に37度以上の発熱を認めるなど、副反応の問題が大きかったのです。
市民も副反応を仕方がないと受けれていたわけではもちろんなく、1970年には種痘副反応が日本で社会問題になりました。
ワクチンの作り方にしても、牛の皮膚を傷つけて痘苗を塗りつけ、できた膿を掻き取って軽く精製するという、現代では考えにくい、あまり清潔とは言えないものでした。より安全なワクチンにするため、様々な消毒法が研究されていました。
一方でこの頃、より安全な天然痘ワクチンの研究も始まっていました。1975年、脳炎がほとんど起きず、発熱も少ない優れたワクチンが日本で開発されました。しかし世界的に種痘が制圧されつつあったため、このワクチンは広く使用されることはないまま、種痘そのものが行われなくなったのでした。
副反応の多い種痘がそれでも世界的に行われ、天然痘を根絶できたのは、天然痘が人間にしか感染しないウイルスであったこと、天然痘という病気の恐ろしさに加えてWHOが戦略的に世界での種痘を進めたことがあるでしょう。
「何もしなければ2500人に1人の確率で天然痘に感染して亡くなります。
種痘を受ければ天然痘にはかからなくなりますが、10万人に1人の確率で死ぬかもしれません」
という状況なら種痘を受けるメリットが大きいように感じられます。
ところが多くの人が種痘を受けて流行が落ち着いてくると、種痘を受けていない人が感染する確率はぐっと低くなります。
「1万人に1人の確率で天然痘に感染して亡くなります。種痘を受けると10万人に1人の確率で死ぬかもしれません」
と言われたら悩んでしまうのではないでしょうか。
ところが、では種痘はやめましょうといってみんなが種痘を受けなくなると、天然痘の抗体を持たない子供達が年々増えていきます。そしてその子供が感染する確率は上がり、いずれまた大流行が起きてしまうでしょう。
徹底的に感染者を探し出し、その周辺の人たちに集中して種痘を行う作戦が功を奏し、人類は天然痘を根絶することができたのです。
このように予防接種により社会全体からその感染症が減り、予防接種を受けていない人(アトピーの人や赤ちゃん、妊婦は種痘を受けることができませんでした)も感染から守られることを「社会防衛」といいます。
それから現在に至るまで、様々な感染症のワクチンが開発され、使用されています。もちろんかつての天然痘ワクチンよりずっと清潔で安全に作られたものたちです。昭和のはじめ頃にはありふれた病気であったはしか(麻疹)や三日ばしか(風疹)が今やあまり耳慣れない病気になったのも(最近再び流行していますが)、予防接種の普及によるところが大きいのです。
引用・参考文献
(1)国立感染症研究所: 天然痘とは
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/445-smallpox-intro.html
(2)平山宗宏: 種痘研究の経緯. 小児感染免疫20 (1): 65-71, 2008
http://www.jspid.jp/journal/full/02001/020010065.pdf#search=%27平山宗宏+種痘研究の経緯%27
(3)予防衛生学会: ワクチンによるウイルス感染症の根絶(2)
https://www.primate.or.jp/serialization/29%EF%BC%8Eワクチンによるウイルス感染症の根絶(2):/
(4)加藤茂孝: 天然痘の根絶ー人類の初勝利ー. モダンメディア55(11): 283-294, 2009
http://www.eiken.co.jp/modern_media/backnumber/pdf/MM0911_02.pdf#search=%27eiken+天然痘%27
(5)日本小児科学会の「知っておきたいわくちん情報」予防接種の意義
https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/VIS_01yobouseseshu-igi.pdf#search=%27予防接種+個人防衛%27
このnoteを書いて・・・
私の両親には、腕にハンコ注射(BCG)とは違う予防接種の痕があります。幼い頃、何の注射だろうと思っていましたが、今思えばこれが種痘の痕だったのですね。そう思うとつい最近まで天然痘の脅威はあったわけで、先人の大変な努力によりこの恐ろしい病気が撲滅されたことに感謝を感じます。もちろん、副反応によって命を落としたり障害を負った方々がいることも忘れてはならないし、現在ある様々なワクチンについても、より副反応を少なくするための研究は続けなければならないと思います。
天然痘と人類の歴史については(4)の文献が詳しいです。人類の歴史の様々な転換点に天然痘が影響を及ぼしていたことがわかります。
天然痘の発疹の画像は、かなりショッキングなものです。これも天然痘が恐るべき病気となったひとつの理由だと思います。よしながふみの漫画「大奥」を私は愛読していますが、この作品中の「赤面疱瘡」は天然痘をイメージしています。発疹の様子、強毒タイプと弱毒タイプがある点、人口構造に大きな影響を与える点(赤面疱瘡は男子のみに感染しますが)、予防接種が開発された点(漫画では熊痘)など。この漫画はとても面白いのでおすすめです。
「ワクチン」の語源はラテン語の「牛痘=Variolae vaccinae」によります。また東京大学医学部の歴史をたどっていくと、日本で江戸時代に開かれた種痘館に繋がるそうです。調べることで様々な歴史を知ることができました。
https://note.com/chobi122217/n/n485a23218cb6
【ワクチンには水銀が入っている?】 より
ワクチンには水銀が入っている、と聞いたことがありますか。水銀と聞くと不安に思う方も多いのではないでしょうか。
メチル水銀は水俣病の原因として有名ですし、私の年代は保健室の体温計が水銀で、割れると「危ないから近づかないように」と言われたものです。水銀と聞くとなんとなく身構えてしまうのではないかと思います。かつて「ワクチンの水銀が自閉症のリスクを高めている」という説が出されたこともあります。
結論を言うと、水銀が入っているワクチンと、入っていないワクチンがあります。そしてこの水銀のために自閉症のリスクが高まることはないとされています。
そもそもなぜワクチンに水銀(Hg)が入っているのでしょうか。
「よくわかる予防接種のキホンー小児, 高齢者用から渡航用ワクチンまでー」には
2人以上使用するワクチンには、防腐剤を添加することが法律上義務付けられている。この目的に使用されているのがチメロサールと2-フェノキシエタノールである。チメロサールはエチル水銀であり、メチル水銀と比べて半減期は7日間と短く、神経毒性も認められていない。しかし、世界保健機関は食品から摂取される水銀量を減らすことを求めており、同時にワクチンに含まれる水銀の量も減量することを求めている。本邦では不活化ワクチンからチメロサールを除去する、または減量する試みが行われている。
とあります。エチル水銀であるチメロサールが使われているのですね。正確にはエチル水銀チオサリチル酸ナトリウムという化合物です。
ことの発端は1928年にさかのぼります。オーストラリアでジフテリアの予防接種後に多数のこどもが死亡する事件が起こりました。この時使われたワクチンは大容量の瓶から1人分ずつ取り分けるタイプで、取り分ける時に病原体が瓶に入ってしまったことが原因でした。チメロサールは少量で強い殺菌作用を持つことから、このような汚染を防ぐために1940年代から世界中で使用されるようになりました。
現在日本では、汚染や投与量間違いを防ぐため、多くのワクチンが1回分使い切りの瓶か、注射器に詰められた(プレフィルドシリンジ)状態で製品になっています。ですからチメロサールを使っていない製品も多くあります。また、生ワクチンには添加できないので入っていません。しかしインフルエンザワクチンのほとんどや、一部の小児用ワクチンにはチメロサールが入っています。
水俣病の原因となったメチル水銀、チメロサールに含まれるエチル水銀、どちらも「有機水銀」です。水銀原子と炭素原子が結合した化合物を有機水銀と呼びます。
メチル水銀は消化管から容易に吸収され、血流に乗って脳に移動します。その結果、視野障害、聴覚障害、言語障害、運動失調などの中枢神経系の障害が生じます。メチル水銀の生物学的半減期(体に取り込んだものの半量が排泄されるのに必要な時間)は約70日と長く、2カ月たっても半分以上が体に残っていることになります。
一方、チメロサール(エチル水銀チオサリチル酸ナトリウム)は体内で代謝され、「エチル水銀」と「チオサリチレート」となります。エチル水銀の半減期は7日未満とされており、メチル水銀に比べるとずっと早く体から排泄されます。エチル水銀の毒性は局所の発赤や腫れなどの過敏症が見られること以外はよくわかっていません。
チメロサールと自閉症の因果関係が1990年代に指摘され、これを受けて多数の研究が行われました。2004年にアメリカ医学研究所がそれらを吟味して評価し、チメロサールと自閉症の間には因果関係が認められなかったと結論付けました。因果関係を支持する報告も少数ありましたが、症例の選択や解析の手法に偏りや問題があったようです。
さて、ワクチンにはどのぐらいの量の水銀が入っているのでしょうか。それは安全なのでしょうか。
日本が定めた、体重 50kg の成人が1 週間に摂取して良いメチル水銀量の限度は0.17mg/週となっています。これは1日あたり、体重1kgあたりで計算すると0.48μg/kg/日です。
エチル水銀の基準値は定められておらず、化学構造が近いメチル水銀の基準が使われています。半減期がずっと短いこと、重大な毒性が認められていないことを考えると、これは妥当なことと考えられます。世界ではアメリカの環境保護庁が0.1μg/kg/日、WHOが0.22μg/kg/日と定めています。
ワクチンに含まれるチメロサールの濃度は、0.0004〜0.0008w/v%(重量体積パーセント)となっています。「ビケンHA」というインフルエンザワクチンで計算してみます。これは0.0008w/v%、1mlあたり0.008mg=8μgのチメロサールを含み、1回投与量は0.25mlです(乳幼児の場合)。1回に2μgのチメロサールが投与されることになります。なお、チメロサール中の約半分を水銀が占めるので、水銀量としては1μgとなります。生後半年、およそ7kgの赤ちゃんに2週間間隔で2回予防接種をした場合、その月は水銀として2μg、1週間あたり0.5μgを投与したことになります。1日の体重あたりだと0.01μg/kg/日。一番厳しいアメリカ環境保護庁の基準より十分少ないことになります。なお、この基準値は一般の人が毎日摂取しても健康に影響がない、とする数字です。
ちなみに最初に赤ちゃんに投与されるチメロサール入りワクチンはB型肝炎のビームゲンだと思います。1回あたり2.5μgのチメロサールが含まれ、水銀量は1.25μg。体重4kgとしても0.31μg/kg、1週間でみると約0.04μg/kg/日となります。
ところで、ワクチン以外からも私たちの多くは日常的に水銀を体に取り込んでいます。妊娠中に「マグロやクジラの摂りすぎに注意しましょう」というポスターを見た方も多いのではないでしょうか。
環境中にはもともと水銀が存在していて、雨とともに海へ流れ出し、水中の微生物の働きでメチル水銀になります。これが水生生物の食物連鎖によって濃縮され、最後に人間が食べているのです。メチル水銀ですから、毒性が強い方です。普段の食生活で私たちが水銀の悪影響を受けることはありませんが、胎児は普通の大人よりもずっと影響を受けやすいため、妊婦さん向けの基準が定められています(気付かないくらいの障害が出るかもしれない量、に安全係数をかけたとっても余裕を見た数字です)。
日本人は1日平均約8μgの水銀を摂取しています。60kgの人で0.13μg/kg/日。日本人の水銀摂取量はアメリカ環境保護庁の基準を超えてしまうんですね・・・ともあれ、ワクチンに入っている水銀量は食事での摂取量よりずっと少ないことがわかります。
このようにワクチンに含まれている水銀量は、赤ちゃんに影響を及ぼすとは考えにくい微量なものです。そしてチメロサールを投与されるリスク(はほとんどないと考えられていますが)より、予防接種を受けるメリットの方がずっと大きいと考えられます。それでも使わずに済むに越したことはない、という考えで、冒頭で引用した本に書かれている通りワクチン中のチメロサールは減らされる傾向にあり、積極的にチメロサールフリーのワクチンを採用している医療機関もあります。どの製薬会社のワクチンを採用しているかは病院に問い合わせれば教えてもらえるでしょう。その成分については病院に聞くこともできますし、インターネットで薬剤情報を閲覧することも可能です。薬剤名を入れるとたいてい添付文書がヒットします。
引用・参考文献
(1)庵原俊明, 寺田喜平 編著
よくわかる予防接種のキホンー小児, 高齢者用から渡航用ワクチンまでー
(2)北海道薬剤師会 チメロサールを含有するワクチン、含有しないワクチン一覧
http://www.doyaku.or.jp/guidance/data/H24-5.pdf#search=%27小児用ワクチン+チメロサール%27
(3)厚生労働省 安全対策委員会資料
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/10/dl/s1018-2f.pdf#search=%27小児用ワクチン+チメロサール%27
(4)東京都健康安全研究センター くらしの健康
http://www.tokyo-eiken.go.jp/assets/issue/health/18/2-1.html
(5)北海道立衛生研究所 魚介類の水銀と健康影響
http://www.iph.pref.hokkaido.jp/charivari/2010_08/2010_08.htm
(6)環境省 水銀基準値
https://www.env.go.jp/chemi/tmms/lmrm/02/ref02.pdf#search=%27水銀+基準%27
(7)日本産婦人科学会 妊婦等における水銀を含有する魚介類の摂食に関する注意事項
http://www.jaog.or.jp/sep2012/JAPANESE/jigyo/SENTEN/kouhou/suigin.htm
このnoteを書いて・・・
予防接種は必要かつ重要なものだと思っていますし、これまであまり深く考えずに受けていました。でも考えてみれば様々な薬剤を混ぜ合わせた得体の知れない 液体ですよね。少なくとも今夜食べたカレーよりは「得体の知れない度」が高いことは間違いありません。そこに水銀が入っていると言われたら、しかも注射ですと言われたら身構えてしまうのは無理もありません。
今でこそ清潔で精密な操作をする技術があり、使い捨て器具も普及してチメロサールフリーのものが増えていますが、これだけの技術がなかった昔は殺菌剤が非常に重要であったと思います。
水銀つながりで水俣病も少し調べましたが、この時は水銀の害ではないかと言われてから実際に調査が始まるまでに時間がかかったのですね。そういう過去も、水銀が自閉症を起こす説が出た後たくさんの研究が行われて因果関係が否定されても、なかなか信じてもらえない一因なのかな、などと思いました。
なんとなく怖い時は、なるべく具体化すると不安をコントロールしやすくなります。チメロサールの量と普段摂取している水銀量の比較は安心材料になるのではないでしょうか。
このnoteを、最初から読んでいくと無理なくワクチンのことが知れるようなものにできればいいのですが、そういう記事を書くためにはまず1年くらいじっくり勉強しないといけなさそうです。なので飛び飛びですが私が関心を持った部分から書いていきます。より専門的であったり体系的なことは、いろいろな小児科の先生が書いていらっしゃいますので、読んでみるのもいいと思います。
ご意見やご感想、間違いの指摘などありましたらどうぞお寄せください。
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