百日咳菌

http://www.biken.osaka-u.ac.jp/laboratories/detail/1【感染機構研究部門 分子細菌学分野/堀口研究室】  より

病原性細菌には、我々の体に感染すると発熱や炎症などの一般症状のほか麻痺や痙攣、咳発作や表皮剥脱、骨形成不全などの特異な病態を引き起こすものが存在します。細菌はこのような病態をなぜ引き起こすのでしょうか。また、このような病態はどのようにして起きるのでしょうか。分子細菌学分野では「細菌感染の特異性」をキーワードに、病原細菌の感染戦略や宿主特異性および特異病態の解析を通じて、感染と感染症の全貌解明を目指して研究を進めています。

病原体微生物の感染機序を明らかにする

百日咳をおこす百日咳菌( Bordetella pertussis ) 、気管支敗血症菌( B.bronchiseptica)、パラ百日咳菌(B. parapetussis)はボルデテラ属に属する代表的な病原細菌です。これらの菌は相同性の高い病原因子群を共通に持っているにもかかわらず、なぜか感染病態も宿主特異性も異なります。百日咳菌はヒトのみに感染し急性症状をおこすのに対し、気管支敗血症は多くの哺乳動物に慢性感染を起こします。研究室では、何がこのような宿主や症状の特異性を生み出すのか、その分子メカニズムについてゲノム情報をもとに解析をすすめています。また、ボルデテラ感染で共通に認められる特異症状である宿主の咳発作の発症メカニズムの解明も目指しています。

病態原因としての細菌毒素の機能を明らかにする

細菌感染症で見られる特異病態の多くは、細菌が産生する毒素によって起こることが知られています。このような細菌毒素は、宿主の体内に移行し、標的細胞に結合し、毒性を発するための全ての機能を兼ね備えた非常に多機能なタンパク質で、植物や動物がもつ毒素に比べ極めて特異性の高い、強い毒性を持ちます。 細菌毒素の持つ多機能性や強い毒性の分子レベルの背景を知るために、研究室では、細菌毒素タンパク質の構造と機能の解析や、その受容体同定により得られた情報をもとに、細菌感染病態の発生メカニズムを明らかにするべく研究を行っています。 病原体の感染と、感染に対する宿主の防御には、病原因子と宿主標的分子の相互作用、感染の素過程が存在します。しかし感染の全体像を把握するためには、素過程の解析だけでは不十分です。研究室では、病原因子解析で得られた知見を元に、「感染」という現象の全貌を明らかにするべく、感染動物モデルなど多角的なアプローチから研究を進めています。


http://www.biken.osaka-u.ac.jp/act/act_horiguchi.php【研究内容】

当分野では、細菌の病原因子が宿主細胞機能に及ぼす影響を分子レベルで解析している。現在進行中の研究課題は以下の通りである。

(1) 細菌性タンパク毒素の構造と機能の解析

 地球上に存在する毒性物質の中で,細菌性タンパク毒素の毒性は圧倒的に高く、またその作用はきわめて細胞・標的分子特異的である。当研究室では,百日咳菌壊死毒、パスツレラ毒素、ウエルシュ菌エンテロトキシン,大腸菌細胞壊死因子など種々の細菌毒素を材料に用いて、動物,組織,細胞,分子レベルで細菌性タンパク毒素の作用機構を解析している。また、各毒素の機能ドメイン分布解析および立体構造解析をすすめ,両者の成果を併せて毒素の構造と機能の全体像の理解を目指している。

(2) 百日咳病態の解析

 百日咳の原因菌である百日咳菌は、ヒトの上部気道に感染して発作性咳嗽を主症状とする病気を起こす。本菌はヒトのみを宿主とするが、この宿主特異性を決定する宿主側要因や細菌側要因は不明である。また発作性咳嗽の発症メカニズムも明らかにされていない。当研究室では、これらのふたつの疑問の回答を得るため、百日咳菌やその類縁菌を用いた動物感染モデルにおける病態を解析している。

細菌毒素の多くは宿主細胞の重要な機能を修飾することによって効率的に作用を発揮する。すなわち細菌毒素の作用機構の解析は細菌感染病態のみならず動物細胞機能の理解にも役立つといえる。


https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20200324_2 【百日咳菌の壊死毒素が神経毒性を示すことを発見】2020年3月24日

研究成果のポイント

・百日咳菌が産生する壊死毒素※1に神経毒性があることを発見。

・百日咳の続発症※2である百日咳脳症の発症機構はこれまで全く不明であったが、本成果により百日咳壊死毒素が原因因子である可能性が示された。

・本成果により、百日咳脳症の発症機構解明と百日咳患者の脳症発症の予防・治療法開発への応用が期待される。

概要

大阪大学微生物病研究所の堀口安彦教授らの研究グループは、百日咳菌の壊死毒素が百日咳症で見られる脳症と同様の症状をマウスで引き起こすことを世界で初めて明らかにしました。百日咳脳症は百日咳患者に稀に見られる続発症のひとつです。その発症率は0.1%〜1%程度ですが、発症した場合は時に死に繋がる病状の重篤化や、予後の後遺症の原因となるため、非常に危険な続発症として知られています。

百日咳の原因となる百日咳菌は、百日咳毒素、アデニル酸サイクラーゼ毒素、壊死毒素などのタンパク質毒素を産生しますが、壊死毒素の病原性について詳細はわかっていませんでした。そこで、壊死毒素が結合する受容体の検索をおこなったところ、中枢神経系に豊富に発現するCaV3.1というT型電位依存性カルシウムチャネル※3が壊死毒素の受容体として働くことを発見しました。一般に、毒素の標的となるのは、その毒素の受容体をもつ細胞であることから、壊死毒素が中枢神経系に作用する可能性を考え、この壊死毒素をマウスの脳室内に投与しました。その結果、脳に毒素を投与したマウスは後肢麻痺などの神経症状を呈し、脳髄液からはIL-6※4やミエリン塩基性タンパク質(MBP)※5が検出されました。このような所見は、百日咳脳症の臨床所見でも報告されています。前述の百日咳菌が産生する他の毒素(百日咳毒素とアデニル酸サイクラーゼ毒素)を同様にマウスに投与しても、神経症状は全く認められませんでした。これらの結果は壊死毒素が百日咳脳症の原因因子である可能性を強く示しています。

また、これまでの百日咳脳症の症例報告論文を詳しく調べたところ、6例中4例で抗生物質のβラクタム剤※6が患者に使用されていることがわかりました。βラクタム剤は細菌の細胞壁を破壊して殺菌効果を示します。本研究グループは、βラクタム剤が百日咳菌の細胞壁も破壊し、細菌内に存在する壊死毒素を、活性を保ったまま多量に放出させることも証明しました。百日咳脳症は、その発症が稀であることから、細菌側と患者側の様々な因子が関係して発症すると推測されています。今回の結果は、壊死毒素が細菌側の重要な因子として脳症の発症に関与していることを示しています。この成果から、壊死毒素の作用を抑えることにより、百日咳患者の脳症を予防・治療する可能性が開かれました。壊死毒素の効果的な制御方法の開発と臨床への応用が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「mBio」に、3月24日(火)午後7時(日本時間)に公開されました。

図1 百日咳菌壊死毒素による脳症発症の仮説

研究の背景

百日咳は百日咳菌(Bordetella pertussis)が原因の、特徴的な咳発作を伴う呼吸器感染症です。患者は、感染初期1-2週間で感冒症状を呈するカタル期から顕著な咳が見られる痙咳期(3-6週間)を経て、多くは回復期を迎えます。しかし、乳幼児の重篤例では継続的な咳発作のなかで呼吸停止、嘔吐、チアノーゼ、痙攣などを起こし、肺高血圧や脳出血、低酸素状態が続いて死に至ることがあります。また0.1%〜1%程度の患者で併発する百日咳脳症は、患者の予後にきわめて悪い影響を与えることで知られています。百日咳の治療にはエリスロマイシンなどのマクロライド系抗生剤が第一選択薬として使用されます。しかし、咳発作や脳症の発症メカニズムは全く明らかにされていないため、臨床現場では、病状の緩和には対症療法を持って処置せざるを得ないのが現状です。主に発展途上国での乳幼児の百日咳感染が最も問題視されていますが、先進国においても乳幼児期に接種したワクチン効果の減弱した青年期の感染や、ワクチン成分と抗原性の異なる抗原変異株の出現などで罹患者数が増加しており、いわゆる再興感染症の一つに挙げられています。我が国では、これまで百日咳の発生動向調査を指定医療機関(小児科)の定点報告に拠っていましたが、患者数の増加傾向を鑑みて2018年度からは成人を含む全数把握疾患に指定されました。また米国疾病予防管理センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)は、百日咳菌を潜在的に薬剤耐性化する可能性のある細菌に指定し注意喚起しています。

百日咳菌はグラム陰性の短桿菌で、百日咳毒素、アデニル酸サイクラーゼ毒素、壊死毒素などのタンパク質毒素を産生します。これまで、百日咳毒素、アデニル酸サイクラーゼ毒素と百日咳の症状との関係はいくつか解明されてきましたが、壊死毒素が百日咳の感染や症状にどのように関与するのかについては全く不明でした。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、壊死毒素が百日咳脳症の発症に関与している可能性が示されました。これらの結果により百日咳壊死毒素の作用の抑制が、百日咳患者の脳症を予防・治療する可能性が開かれました。壊死毒素の効果的な制御方法の開発と臨床への応用が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2020年3月24日(火)午後7時(日本時間)に米国科学誌「mBio」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】:“Bordetella dermonecrotic toxin is a neurotropic virulence factor using CaV3.1as the cell surface receptor”

【著者名】:Shihono Teruya, Yukihiro Hiramatsu, Keiji Nakamura, Aya Fukui-Miyazaki, Kentaro Tsukamoto, Noriko Shinoda, Daisuke Motooka, Shota Nakamura, Keisuke Ishigaki, Naoaki Shinzawa, Takashi Nishida, Fuminori Sugihara, Yusuke Maeda, Yasuhiko Horiguchi

用語説明

※1 壊死毒素

百日咳菌が産生する毒素タンパク質の一つで、皮内投与により皮膚を壊死させる毒素。

※2 続発症

ある疾患が原因となっておこる別の症状や疾患。同じ疾患が続いて起こる状態とは異なる。

※3 T型電位依存性カルシウムチャネル

細胞膜のカルシウムイオンの透過性を調節するチャネル様の分子のひとつのタイプ。細胞内にカルシウムを流入させることで、様々な細胞活動のきっかけを作っている。

※4 IL-6

免疫反応を制御するサイトカイン(細胞から分泌される生理活性物質の一種)。炎症反応などにおいて重要な役割を果たす。

※5 ミエリン塩基性タンパク質

神経細胞を包む髄鞘(ミエリン鞘)に存在するタンパク質で、髄鞘の損傷により髄液中での濃度が上昇するため、神経損傷の指標としてしばしば用いられる。

※6 βラクタム剤

細菌の細胞壁の形成を阻害する1群の抗生物質。βラクタム剤の作用を受けた細菌は、形態を維持することができなくなり崩壊(溶菌)する。

参考URL

大阪大学微生物病研究所HP

http://www.biken.osaka-u.ac.jp/

コズミックホリステック医療 俳句療法

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