http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52337909.html 【専門家は確率を語れ】
2020年07月11日 西村秀一 国立病院機構仙台医療センターウイルスセンター長
ーなぜ実態と合わない対策が続いているのでしょう。
「専門家の責任が大きい。例えば、接触感染のリスクが強調され『手で触れる』ことへの恐怖が広まっています。細菌は条件が整えば自己増殖して一般環境で長く残りますが、ウイルスは感染者の体外に出て寄生する細胞が無くなると、少し時間が経てば活性を失う。細菌より接触感染のリスクが低い。なんでもアルコール消毒をする必要はありません」
ーリスクが低いと聞いても、不安に感じてしまいます。
「リスク評価の根幹は、具体的な確率を検討すること。例えば、感染者のせきでウイルス1万個が飛んだと仮定しても、多くは空気の流れに乗って散らばり、机などに落下するのは1センチ四方あたり数個。では、それが手に付く数は?鼻に入る確率は?時間経過でもウイルスは減る。こう突き詰めるのがリスク評価です」
「専門家に課されているのはリスク評価です。リスクがあるかないかでなく、どれくらいあるか定量的に評価しなければなりません」
ーただ少しでもリスクがあるのなら、対策を取った方が安心ではないでしょうか。
「ゼロリスクを求めれば、その下で数多くの弊害が出ています。職を失い、ウイルスでなく、その対策で命を落とす社会的弱者もいる。ポテトチップの袋までアルコールで拭く笑っちゃうような話も。そんな恐れを広げた専門家に怒りが湧きます」
「葬儀の問題も同じです。息をしないご遺体からウイルスは排出されません。皮膚に残っていたとしてもお清めをするか体に触れなければいい。お別れをしたいという気持ちを大切にした葬儀はできるはず」
ーなぜゼロリスクを求める対策が広がってしまったのでしょうか。
「感染症対策をめぐる科学者の見解は多様で、国民に関わるリスク評価に際しては、一方の意見だけでなく反対意見も議論しなくてはならない。しかし政府の専門家会議でリスク評価の議論に偏りが生じた懸念があります。メディアも誤ったメッセージを社会に広めてしまった。例えば、接触感染のリスク評価はどれだけ適正に行われたかという点。空気中に浮遊するウイルスのリスクが+分に検討されたのかという点も疑問です。密室など条件は限られるものの、ウイルスは、呼吸で体内に達する方が物を介するより、はるかに少ない数で感染する特性を持ちます」
ー専門家会議では議事録がないことも問題視されました。
「どんな議論をして提言をまとめ、議論されなかったことは何か。異論は出なかったのか。施策の妥当性を絶えず検証し、できるだけ早く公開する必要があります。」
ーCDCに3年近くいましたが、米国では政治との関係性はどうだったのですか。
「CDCは政府機関ですが、その強みは独立性です。本部はワシントンでなくアトランタにあり、政治の影響を受けにくい組織になっていました。海外で感染症が流行すると独自の判断で研究員が現地へ情報収集に飛び、国内で感染が拡大しそうな局面にはCDCの放送室から国民へ直接発信していました」
ーただ今回はあまり存在感を発揮できていませんね。
「トランブ政権になって資金的に冷遇され、コロナ対策でもCDCがつくった学校再開に向けた指針を大統領が批判するなど政権とのちぐはぐが目立ちます。私が以前いた感染研も、厚生労働省の強い管轄下にあります。東京都にCDC的なものを創設するという話もありますが、つくるのなら、都知事の意向をもろに受けず、独自の哲学を持ち、資金面を含め自由度の保障された組織でなければなりません」
―1918年の世界的なインフルエンザ流行を描いた「史上最悪のインフルエンザ」そして、44年前の米国で起きた騒動を検証した豚インフルエンザ事件と政策決断」を翻訳していますね。
「前者は、パンデミックに備える重要性を記したもの。後者は、新型ウイルスの流行想定が専門家から政治家への伝言ゲームでつり上がり、政治決断で突如実施されたワクチン大規模接種が生んだ不都合を描いています。結局パンデミックは起きず、ワクチンの副作用と公衆衛生行政への不信だけが残ってしまった」
「パンデミック対策はアクセルを踏んだら、ブレーキも踏まねばならない。双方のバランスこそが必要だと学びました。現在まさに起きている、意思決定のプロセスを途中で冷静に検証し場合によっては止めるメカニズムの欠如、そして「専門家が確率を語らない』ことも、歴史的に繰り返されてきたのだと分かります」
ーしかし、そのバランスを取ることが難しいと思います。
「一つーつのリスク評価をする際、異なる科学的見解も踏まえて検討する。危機と感じる人が多い時こそ『一色』にならないようにしなければ。」
「教育、経済、社会活動のバランスを取るのは為政者の役割です。為政者は、どんな決断をしても非難は免れない孤独な立場だと腹をくくらなきゃならない。専門家が確率を示すことが重要なのは、彼らが全体を適正に勘案できるようにするためです」
(聞き手 藤田さつき、大牟田透)
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