縄文1

藤沢文化センター(愛称:縄文ホール)は1998年オープンの文化ホール。前庭ではシンボルモニュメントの岡本太郎作の彫刻「縄文人」が出迎えてくれる。ホールはゆとりのある514席の固定席で、木調の暖かみのあるホールです。緞帳は岡本太郎氏が「藤沢野焼祭」の燃えさかる炎と祭りの壮大さの感動を表現した「炎」の原画をもとに製作。音楽コンサート、演劇、ピアノ発表会、講演会など幅広いイベントを開催。

https://www.livewalker.com/mdata/detail.aspx?i=9521藤沢文化センター:縄文ホールより

長閑さや器に水の巴なす  高資

 縄文後期土器・白浜貝塚ー 場所: 五島観光歴史資料館

三峯へ釣瓶落しとなりにけり  高資

 星野遺跡ー 場所: 栃木県 栃木市


facebook・今野 華都子さん投稿記事

https://ameblo.jp/k-konnothalasso/entry-12541641776.html?fbclid=IwAR1dA6e9Oq5scFJNpTwrt_Wy7RlxN6kCxl3OJl_K1NB1k8EJ6Su92UXHiLQ

昨夜は芝公園のトータルヘルスさんで「縄文文化のお話し会」でした。

どうして縄文時代なのかと思うでしょうけど、縄文を知らなけれは古事記は理解できないのです。

712年に書かれた古事記ですが、それ以前の歴史があって古事記や日本書紀の神話に繋がるのです。

日本人として生きた歴史の最初に位置するのが縄文文化なのです。

いわば、縄文文化は日本人の三つ子の魂の時期なのです。

「三つ子の魂100までも」という諺かあるように、幼少期に身につけた性格は生涯を通じて変わらないのです。

縄文文明は何時ごろ生まれたのでしょう。

1 約1万5000〜2300年ころまでをいいます。

最終氷河期から温暖化に移行し、大陸と繋がっていた氷が解けて海面が上昇し、ユーラシア大陸から切り離されて世界に類を見ない独自の文化を形成していくのです。

この生活様式や、やまと言葉は現代の私達にも受け継がれてきたのです。日本人らしさとは、この縄文時代に芽生え育まれたのです。

縄文を代表するものが縄文土器です。

世界最古の土器が15000年前に作られた縄文土器です。

それまで世界最古といわれていたのはメソポタミアの土器です。

土器は西アジア9000前ごろ、、アマゾンでは、7000前から土器が焼かれはじましたが、それは器として使用されました。

でも縄文土器は用途が煮炊き用の土器なのです。土器のそは底には世界最古の料理の跡が残っているのです。

この縄文土器の煮炊の文化は和食の煮炊きの文化として今日まで継承されてきたのです。

ユーラシア大陸のムラが農耕を基盤としているのに対して、縄文文化は狩猟、漁労、採取の三本柱をを生業として弓矢の使用、イヌの飼育、土器を製作した。

人が定住することなく生きていた、旧石器時代以前は人は自然の中に組み込まれやせいの動物と同格だった。

しかし定住で家族と仲間意識が生まれ知識が伝承されてムラを形成し文化が蓄積されて、何百年も営む間に動物とは違う「もはや動物ではない」という意識が生まれるのです。

縄文人の特徴は、自然の秩序を保ちながら自然の営みをそのまま利用した所です。

農耕がなくても豊かに暮らせたのです。

縄文時代は1万年以上にわたって戦争がない

武器が見つかっていないです。

自然や人を征服するのではなく、自然から食べ物を得て、自然と共生し、自然が発する声、音、擬音語、擬態語を生み出して縄文やまと言葉を作り、「人の言葉」として話してきたのです。日本語とは自然との共鳴共振なのです。

現代まで「俳句」として今も残る自然と共鳴し思いを汲み取るのです。

言葉があるから、抽象的観念が、広がり、

見えるもの見えないもの「魂」それぞれを感じることができたのです。

自然との共生体験は大陸側にはないのです。

日本語を話す言ことは、自然の発することを理解できることなのです。世界の言語を理解しうる脳を形成する音なのです。

古事記は日本人の根元を追求し、それを口伝で、そのまま伝え、後に書き記したものなのです

縄文の1万年の経験は遺伝子によってまさに三つ子の魂として現代の私達に伝えてられているのです。

https://www.excite.co.jp/news/article/Tocana_201709_post_14514/

【衝撃の新説】日本が誇るべき縄文文化の本質は「右脳活性」だった! 考古学者・大島直行の日本文化論と“縄文タトゥー”に注目!

縄文タトゥーの復興プロジェクト『JOMON TRIBE 縄文族』が引き続き、国内外で話題となっている。

 来たる9月22日(金)には、ついに縄文タトゥーが東京・五反田ゲンロンカフェに登場する(チケットはコチラ)。批評家・東浩紀を聞き手に、考古学者の大島直行が従来の縄文のイメージをひっくり返す“再生のシンボリズム”による縄文人の世界観を提示するとともに、タトゥーアーティストの大島托とこの記事の筆者であるケロッピー前田が『JOMON TRIBE 縄文族』についてプレゼンさせていただく。

【その他の画像はコチラから→http://tocana.jp/2017/09/post_14514.html】

 縄文タトゥーにとって、新たな挑戦となるであろうトークイベント開催に先立ち、大島直行の新著『縄文人はなぜ死者を穴に埋めたのか 墓と子宮の考古学』(国書刊行会)および特別講演会「縄文人の心」をレポートするとともに、縄文とタトゥーが交わることによって生まれる新たな視点の日本文化論に踏み込んでみたい。

「縄文人は私たち現代人とは全く違う物の考え方をしています。従来の縄文人の世界観は、合理性や経済性といった現代人の経験則によって作り上げられてきたもの、実はそれは違うんじゃないかと考えているんですよ」

 大島直行の熱弁が会場に響いた。9月18日、茅野市民館コンサートホールにて、八ヶ岳JOMONライフフェスティバルの特別講演会が行われた。それは「縄文人の心 生命と再生をめぐる精神性と世界観」と題され、大島が『月と蛇と縄文人』(寿郎社)、『縄文人の世界観』(国書刊行会)で展開してきた再生のシンボリズムによる縄文文化の読み解きをますますスケールアップしたものとなった。

■再生のシンボリズムとは?

 再生のシンボリズムとは、大島がドイツの日本学者ネリー・ナウマンの縄文研究から着想を得た縄文解釈の方法で、縄文人たちは再生のシンボルである「満ち欠けする月」「羊水や精液としての水」「脱皮を繰り返す蛇」「女性の子宮」をレトリック(比喩的)に表現することで、縄文土器や土偶、膨大な数の遺物や遺跡を作ってきたとしている。

 新著『縄文人はなぜ死者を穴に埋めたのか』は特に墓や埋葬にフォーカスすることで、従来の固定概念に縛られた解釈からの脱却を試みている。そして、一般的な縄文解釈で用いられる「祖先崇拝」「霊魂」「あの世」といったものは縄文時代にはなかったという可能性に言及し、あらゆる埋葬行為を子宮とそれをシンボライズした円(サークル)に集約して読み解いている。

 そこでキーワードとなるのが「融即律(ゆうそくりつ)」である。これはフランスの哲学者レヴィ=ブリュルが「未開民族」の心性を説明するために導入した概念で、別々のものを区別せずに同一視する心性の原理をいう。

「ブラジルのボロロ族には『わたしはインコである』と主張する人が多くいましたが、それは何かの例えではなく、完全に同一視しており、そのような非合理的な思考を融即律と呼びました。そして、この融即律こそが私が前著で再生のシンボリズムと呼んだ縄文人の精神性を解明してくれると思うんです」

■融即律と8年間右脳だけで生きた学者

 ここで融即律を脳科学的な具体例からみてみよう。つまり、論理的な思考をする左脳に対して、融即律とは右脳を積極的に使って生きていくことという。大島は、病気で8年間にわたって右脳だけで暮らすこととなった脳科学者ジル・ボルト・テイラーを紹介し、縄文人の心に迫っていく。

「テイラーによれば、右脳だけで生きると物事をカテゴライズしない、男と女とか、上と下とか、そういう区分はなく、常に自分と世界はひとつで幸福な状態だったと言います。そして、右脳だけだと、常にポジティブにひたすら生きることだけを考え、他者、時間、対立、死という概念はなくなっていたのだそうです」

 このような右脳が卓越した世界観から縄文人の精神性を理解できるのだろう。新著を参照して補足するなら、融即律という言葉で表現されるような一途で純粋な精神状態であればこそ、ひたすら再生のシンボルになり得る呪術的創作に没頭し、膨大な数の土器や土偶、遺物や遺跡を作り続けていたのだろう。そして、とむらいの概念も必要としなかった縄文人は子宮のシンボライズである穴に死者を戻すことで、再生することを願ったと説明される。

 そんな縄文時代が1万年以上も続いたことが世界に誇るべきことなのだ。

「日本の考古学は、縄文の本質はどこにあるのかを解き明かすことができなかったんです。従来の縄文観では、技術的な発展や物量的な量産が強調され、縄文時代も進歩があったと説明されてきました。でも、そうじゃないんです。縄文時代の本質は右脳を活性化させ、1万年間続く人間の生き方を示したことにあります。そのことこそ、世界に発信すべき縄文文化の素晴らしさなんです」

 大島はそう締めくくった。考古学の範疇を超えるスケール感に驚きを隠せない縄文ファンも多かったかもしれないが、これこそが大島流の縄文革命である。

■今、縄文文化がアツい! 縄文タトゥーの復興プロジェクト『JOMON TRIBE 縄文族』

 縄文文化を人類史上に位置付けるようという大島直行の展望は、縄文タトゥーの復興プロジェクト『JOMON TRIBE 縄文族』と交わることでさらに大きなパースペクティブを持つことになる。

 ご存知の通り、現在、大阪ではタトゥー施術が医師法違反に当たるのかが争われている“タトゥー裁判”が進行中で、その解決策として彫り師のライセンス制などの法整備の必要性も議論されている。また、2020年の東京オリンピックを控え、タトゥーした外国人観光客の温泉入浴問題など、世界的にタトゥーが認知されている状況の中で、今後の日本の対応が注目されている。

 そのような背景があって、縄文タトゥーが訴える「タトゥーはカルチャーである」という視点は、各種メディアに取り上げられる理由となっているだろう。

 ここで強調したいことは、カウンターカルチャーとしての縄文、あるいは縄文タトゥーが提示する未来的なビジョンは、ドメスティックな問題を超えて、ネット時代の膨大な情報の海を漂流する若者たちにとって、仕事や住居や時間に縛られることなく、世界を舞台に自主独立に生きていかなければならない時代を生き抜くためのアイディアとなり得るものである。未来の生き方のモデルが縄文時代に求められるなら、自らの身体に古代の文様を受け入れ、時空を超えた旅に挑んでみたいという人もいるだろう。

 縄文タトゥーの真の目的は、1万年前の文様を現代に甦らせるだけではなく、さらに1万年後の未来にまで伝えるためにこそ、現代人の身体がメディウムとなって、文様に込められた縄文的思考をひとたび人間の皮膚の上に蘇生させなければならないということであり、それこそがファションにとどまらない、カルチャーとしてのタトゥーの役割だろうと思うのである。

 そんな斬新なタトゥーアートが始動していることこそ、新たな縄文解釈とともに世界に発信し、人類史に日本文化を位置付けるひとつのチャンスとなってくれることを願っている。

 ぜひとも新しいカルチャーが生まれる現場に立ち会って欲しい!!

(写真・文 ケロッピー前田)



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